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『Shibasaki』の廊下にカツカツとヒールの音が響く。 それがピタリと止まると、控え目な、しかししっかりとドアをノックする音がした。 「失礼いたします」 高すぎない声色が届き、背筋のピンと伸びたお辞儀がされる。 そして間もなく、再びヒールの音が始まると、 「社長、」 目の前まで来て、そう言った。 シンプルだがふんわりと柔らかい素材のシャツにタイトスカート。 アクセサリーは小さく揺れるピアスと左手薬指の結婚指輪。 ネックレスのトップには小さなピンクゴールドの輪が下がる。 社長の柴崎大虎は顔を上げると目を細めた。 「やっぱり、いいな」 口の端が持ちあがる。 そんな大虎に、社長室の入口すぐに置かれたデスクからライトが口を出した。 「それ、たまに言うけど、なに?」 大虎は目の前に立った人物を見上げた。 「……芽衣さんが“社長”って言うだろ」 なぁ? 大虎が僅かに首をかしげ同意を求めると、大虎の前に立っていた芽衣は苦笑を洩らした。 「言いますが、それが……?」 「あぁ。“大虎さん”“ボス”は言われてきたが、アイツ等なかなか社長と呼ばねぇからな」 大虎がちらりとライトを見ると、ライトはわざとらしく肩を持ちあげて見せた。 「それ、今更じゃん」 「今更だから、新鮮で良いという話だ」 そこで会話が途切れ、芽衣は持っていた書類を大虎へ差し出した。 「休憩前にご確認いただきたいものがあります」 芽衣は正式に『Shibasaki』で働いていた。 銀の講師ではなく、社員として。 銀に指導しているのを見ていた大虎が、芽衣に声をかけた。 『正式に、ウチで働かねぇか?』 『ライトのデスクは社長室の一角へ移動するから、空いた所に芽衣さんに入って欲しい』 芽衣は少し悩んだのだが、矢部が「『Shibasaki』なら一緒に通勤できるな?」と嬉しそうにしたので、働くことにした。 数年ブランクがあるとはいえ、バイトでもパソコン作業をしていたし、何も問題はない。 大企業に勤めていた経験で仕事を難なくこなす芽衣に、大虎達は目を輝かせた。
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