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「痛い……鼻、ぶつけた」
「まったくお前は、ライトにぶつからなかっただけ褒めてやる」
「でも理人にぶつかった」
「俺は良いんだ」
「……なんで?」
「夫だから」
「うん。っていうか、私は鼻が痛くてヤダ」
「どれ、診せて見ろ」
「……潰れてない?」
「大丈夫だ」
芽衣の鼻を矢部が優しくつまみ、苦笑を洩らす。
「……ったく酔っ払いが」
「ふふっ、」
矢部がグッと肩を抱き寄せると、芽衣がふわりとくっついて嬉しそうに顔を緩める。
普段絶対にこんな甘えた姿を見せない芽衣に、銀は顔を赤くして視線をうろつかせ、ライトたちは柔らかく微笑んだ。
「酔い覚ましに歩いて帰ると丁度いいな」
大虎がぽつりとつぶやいて、『Shibasaki』のビルの方向へ歩き始める。
矢部は芽衣を抱き寄せたまま、赤信号で立ち止まると口を開いた。
「じゃあ俺たちはここで。……俺は明日から数日病院だが、銀、芽衣にちょっかい出すなよ」
「ちょっかいなんか出すか、ヤブ医者!」
くつくつと肩を揺らす矢部に、銀が吠える。
大虎はじっと矢部と芽衣を見つめた。
「矢部」
「……なんだ」
「ウチに引っ越してこねぇのか?」
矢部に与えられた部屋は未だに矢部の為に空いたままだ。
結婚してからは、どんなに遅くても矢部はマンションに帰っていて、あの部屋は使われていない。
「……悪いな。俺も芽衣も、あそこに住むつもりはねぇよ」
「……そうか」
「あぁ」
ひらりと手を振って、隣の信号を渡って行く。
その後ろ姿は、矢部の腕に芽衣がくっついていて、手が繋がれていた。
マンションに帰り、2人ソファにどさりと座る。
芽衣がくすくすと肩を揺らした。
「はぁー、今日はちょっと飲んだ」
「ちょっとじゃねぇだろ」
矢部の眼鏡の奥が細まり、苦笑を洩らす。
「結構飲んでた?」
「お前にしてはな、」
くすくすと笑い矢部の腕にしがみつく芽衣はやはり完全に酔っていて、矢部は反対の手を持ちあげるとピンクに染まる頬を撫でた。
「あんまりくっつくとこのまま抱くぞ」
「はい、どうぞ!」
深く重なるキスはお酒の味がする。
囁き合う愛の言葉に、
どちらともなく――、
『それはこっちの台詞です。』
~fin~
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