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芽衣は入院した祖母を見舞うため、街で一番大きい総合病院に来ていた。
「おばあちゃん、また来るね」
「芽衣ちゃん、気をつけて帰るんだよ」
「はーい」
芽衣は26にもなってこの返事はどうかと自分でも思うのだが、祖母の前ではどういうわけか子供っぽくなってしまう。
内心苦笑しながら、芽衣は病室を出た。
仕事が終わってから立ち寄ったため、すでに窓の外は暗い。
時計を確認すれば、20時までの面会時間ぎりぎりだった。
「はぁ、」
つい、ため息が出た。
今日も一日疲れたなぁなどと思いながら廊下を進む。
階段を降りようと角を曲がると目の前が真っ暗になった。
「ぶっ!」
体の前全部がぶつかった。鼻がツンとする。
芽衣は咄嗟に鼻を押さえつつ、ぶつかった反動で後ろへよろけた。
小さく2歩、後ろに足が出たところで目の前を見上げた。
芽衣がぶつかったのはどうやら男の様で、その男はゆっくり振り返るときらりと眼鏡を光らせた。
「うん?」
「ひっ!」
男の声と、芽衣の息をのむ声が重なった。
階段の照明で男の眼鏡がもう一度きらりと光った。
そしてその眼鏡の奥の瞳が、鋭く芽衣を見下ろしている。
デジャブ?
芽衣は痛い鼻を押さえつつ、目の前の男をじっと見上げると男が口を開いた。
「……また君か」
「またってなんですか」
「前にもこんな事あったからな」
「むぅ、そうですけど!」
白衣のポケットに両手をつっこんで芽衣を見下ろすのは、
「矢部さん」
「なんだ」
「私の鼻、潰れたかもしれません」
「……あぁ?どれ、診せて見ろ」
矢部は芽衣の鼻をじっと見下ろすと、おもむろに腕を持ちあげ、そして容赦なく芽衣の鼻をつまんだ。
「ほら、潰れた鼻が治ったぞ」
「……余計痛かったんですけど」
ジロリと芽衣が矢部を睨んでも、矢部は相変わらず片眉を持ち上げるだけだ。
そして腕時計を確認すると、矢部は再び白衣に両手をつっこみ芽衣を見下ろした。
「皐月。これから帰るのか?」
「そうですよ」
「俺も今日はこれで終わりだ。正面の玄関前で待ってろ」
待ってろっていうことは、
「一緒に帰るってこと?」
芽衣が既に一つ上の階へあがっていた矢部を見上げると、ひらりと手を挙げて行ってしまった。
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