11年前

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芽衣は入院した祖母を見舞うため、街で一番大きい総合病院に来ていた。 「おばあちゃん、また来るね」 「芽衣ちゃん、気をつけて帰るんだよ」 「はーい」 芽衣は26にもなってこの返事はどうかと自分でも思うのだが、祖母の前ではどういうわけか子供っぽくなってしまう。 内心苦笑しながら、芽衣は病室を出た。 仕事が終わってから立ち寄ったため、すでに窓の外は暗い。 時計を確認すれば、20時までの面会時間ぎりぎりだった。 「はぁ、」 つい、ため息が出た。 今日も一日疲れたなぁなどと思いながら廊下を進む。 階段を降りようと角を曲がると目の前が真っ暗になった。 「ぶっ!」 体の前全部がぶつかった。鼻がツンとする。 芽衣は咄嗟に鼻を押さえつつ、ぶつかった反動で後ろへよろけた。 小さく2歩、後ろに足が出たところで目の前を見上げた。 芽衣がぶつかったのはどうやら男の様で、その男はゆっくり振り返るときらりと眼鏡を光らせた。 「うん?」 「ひっ!」 男の声と、芽衣の息をのむ声が重なった。 階段の照明で男の眼鏡がもう一度きらりと光った。 そしてその眼鏡の奥の瞳が、鋭く芽衣を見下ろしている。 デジャブ? 芽衣は痛い鼻を押さえつつ、目の前の男をじっと見上げると男が口を開いた。 「……また君か」 「またってなんですか」 「前にもこんな事あったからな」 「むぅ、そうですけど!」 白衣のポケットに両手をつっこんで芽衣を見下ろすのは、 「矢部さん」 「なんだ」 「私の鼻、潰れたかもしれません」 「……あぁ?どれ、診せて見ろ」 矢部は芽衣の鼻をじっと見下ろすと、おもむろに腕を持ちあげ、そして容赦なく芽衣の鼻をつまんだ。 「ほら、潰れた鼻が治ったぞ」 「……余計痛かったんですけど」 ジロリと芽衣が矢部を睨んでも、矢部は相変わらず片眉を持ち上げるだけだ。 そして腕時計を確認すると、矢部は再び白衣に両手をつっこみ芽衣を見下ろした。 「皐月。これから帰るのか?」 「そうですよ」 「俺も今日はこれで終わりだ。正面の玄関前で待ってろ」 待ってろっていうことは、 「一緒に帰るってこと?」 芽衣が既に一つ上の階へあがっていた矢部を見上げると、ひらりと手を挙げて行ってしまった。
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