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今、年が明けた。
芽衣は1人暮らしの自宅で、テレビに映るタレントの明けましておめでとうという声を聞きながら、時計を見上げ、あっと声を洩らした。
「もうこんな時間」
呟いてのろのろとたちあがった。
こんな時間、ではあるが、年越しの瞬間だ。
それでもいつもの様な感覚で、芽衣は歯磨きをしに洗面所へと歩いた。
頭の中にあるのは、つい昨日の夕方来た電話の事でいっぱいだった。
『皐月か?矢部だが』
連絡先の交換をしてから、初めて来たのは電話だった。
『明日、何か予定はあるか?』
「残念ながら、何もないです。しいて言うならT駅前のデパートの初売りでも見に行ってみようかなぁくらいで」
『そうか。……初詣でも行くか?』
「……矢部さん、病院は?当直は?行かなくて大丈夫なんですか?」
これまでたまに聞かされてきた医者の勤務体制を思い、そう芽衣が問うと、矢部はふっと小さく笑った。
『大丈夫だ。とりあえず、休みになってるからな』
「…………っ、」
休みと言ったって、担当する入院患者がいれば休みだろうが顔を出しに行くという。
そう言っていた事を思いだしていた芽衣に、矢部がもう一度くつりと笑った様だった。
『皐月』
「……はい、」
『行くのか?行かないのか?』
その声はとても柔らかく、優しく芽衣の耳に届いた。
「行く」
『じゃあ、そうだな……』
矢部が考えるようにしながら時間を指定する。
それに芽衣が頷けば、矢部はふっと息を洩らした。
『迎えに行くから暖かい格好して待ってろよ?』
迎えに行く、だって。
芽衣は心の中で呟いて、歯ブラシを口に放り込んだ。
そう言えば、どこの神社に行くのか聞くの忘れちゃった。
まぁいいや。どこでも。
きっと矢部さんとならどこでも楽し……
「ごふっ!!」
芽衣は自分の思ったことに、思い切りむせた。
そしてすぐ、口をゆすぎながら初詣の事を考えた。
服、何着て行こうかな。
いつも矢部さんと会う時は会社帰りで通勤服だしな。
ちょっとは可愛い服でも……って、
もしかして私、凄い楽しみにしてる?
鏡の中の自分の顔を見つめ、肯定した。
……うん、楽しみ。
芽衣はキュッとなった胸を押さえ、一人照れくさそうに微笑んだ。
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