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約束の5分前。
芽衣は鏡の前を行ったり来たりしていた。
自分ではいつもどおりにしたつもりだけど、緊張していつものメイクがわからないよ。
鏡を覗き込み、首をかしげた。
矢部には既に泣き顔も見られているし、会社帰りの多少崩れた顔も見られていて、今更張り切ってメイクしたって矢部が気付くわけがない。
芽衣は自分に言い聞かせながら、しかしまた鏡の前で髪を整えるようにした。
バッグもいつもの通勤用ではない、可愛らしい小ぶりのもの。
中身を確認しながら、そわそわ落ち着かない自分に苦笑を洩らした。
ピンポーン、
チャイムが鳴った。
バッグを手にぱたぱたと玄関へ向かう。
「はーい、」
返事をしながらコートを手にドアを開けると、立っていた矢部が目を見開いた。
「…………っ、」
「……?矢部さん?」
「あー……いや、」
歯切れの悪い返事に首をかしげ、コートを着ると首にマフラーをかけた。
「いつもと違うから、驚いた」
矢部は言いながら眼鏡を押し上げると、おもむろに手を伸ばし、芽衣が首からかけたマフラーをぐるぐると巻く。
「……ちょ、矢部さん!巻き過ぎっ」
「ははっ、ほら行くぞ」
矢部の腕をぱしぱしと叩くと、矢部は楽しそうに笑い玄関を出ていった。
芽衣はブーツを履きながら、いつもと違うと言った言葉を思い出し頬を染めた。
いつもどおりにしたつもりだったけど、メイクも濃かったかな?
近くにある鏡をちらりと見つつ芽衣も玄関を出ると、矢部が壁に寄りかかり待っている。
「鍵かけ忘れるなよ?」
「はーい」
返事した芽衣にくつりと肩を揺らした矢部は、ポンと一度芽衣の頭に手を置いた。
「そういえば」
「……はい?」
「明けましておめでとう」
「あ、」
ぽかんと見上げる芽衣に、矢部の口の端が持ちあがる。
「明けまして、おめでとうございます!」
ぺこりとお辞儀した芽衣は、
「矢部さん、今年もよろしくお願いします」
矢部を見上げて、にっこり笑った。
「あぁ。今年もよろしくな」
ほら行くぞ、
矢部はひらりとコートの端を翻し歩きだす。
芽衣はその後ろ姿を追い掛けながら、にやける顔を隠すようにマフラーに埋めた。
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