7年前

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マンションの駐車場、矢部が車の鍵を開けた。 「矢部さん、車運転するんですねぇ」 「当たり前だ。いいから乗れ」 矢部はジロリと芽衣に視線を送りながらそう言った。 芽衣はもう何年も人の車に乗っていないことに気が付き、手を伸ばすのをためらった。 運転席に乗り込んだ矢部が助手席のドアを内側から開ける。 「おい。車の乗り方がわからねぇとか言うなよ?」 「い、言いませんよ、そんな事。ただちょっとためらっただけで」 芽衣は乗り込みながらそう言うと、シートベルトに手を伸ばした。 「何をためらう事があるんだ?」 「え?だって車自体、何年も乗ってない事に気がついたんですもん」 タクシーは別として。 前を見ながら言った芽衣に、矢部が憐れんだ目を向けた。 「その目、やめて下さい。……っていうか、私の生活には電車とバスで十分なんです。免許なんていらないし」 いつかとろうと思っていた免許は未だ取れずじまいだ。 口をとがらせた芽衣にくつくつ笑う矢部は、いつの間にか車を発車させていた。 到着したのは、割と近くの、しかし大きな神社だった。 「裏手に駐車場がある」 ぐるりと周辺を回り駐車場に入ると警備員の誘導の元、車を止めた。 「ここまで歩けない事もないが、寒いからな」 歩く速度は芽衣にあわせて。 神社の正面に来ると、参拝客が列をなしていた。 「流石に混んでるな」 「ですね」 少しずつ、少しずつ、前へと進む。 賽銭を投げる音や、鈴を鳴らし拍手する音。 それらを聞きながら、芽衣は漸く年を越したという実感がわいた。 「……お正月、なんですね」 「うん?どうした?」 「今年はあまり正月って感じがしなくて」 「会社は年末年始で休みだろ?」 「んー、六日間」 「なら十分正月だろ」 「ですよねー」 「お前、俺の前で休みの不満は言うなよ?俺は一昨日から昨日にかけて当直で、そのあとは普通に日勤だったんだから」 「うわぁ、」 「その代わり今日休めたけどな」 改めて医者は大変だと思い、芽衣は矢部を見上げた。 「お疲れ様です」 「労う気があるなら、メシも付き合えよ?」 「はい、それはもう喜んで」 流すように芽衣を見おろした矢部は、くすくす笑う芽衣に、口の端を持ちあげた。
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