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参拝を済ませ、おみくじを引く。
二人仲良く吉を引き、枝に結び付けてきた。
車に戻り、出発する。
矢部が車を走らせながらちらりと芽衣を見た。
「年越し蕎麦は食ったか?」
「食ってなーい」
「ククッ、じゃあ、蕎麦にするか?」
「うん、お蕎麦食べたいです」
車が大通りを出て、片側が遊歩道になった道を曲がる。
窓の外を眺める芽衣に、矢部が口を開いた。
「そこのビル。もうすぐ完成なんだが」
「……ん、」
「俺に産業医を頼んだヤツの会社が入る予定だ」
「へぇ」
正面がガラス張りのビルを、通りすがりに上まで見上げる。
「じゃあ、矢部さんはあのビルに行くことになるんですね」
「それがなぁ……」
矢部は赤信号で車を止めると、悩ましげにため息をついた。
「あのビルの中間層は住居用でな。独身の社員なんかが入る予定なんだが」
そこで口を噤んだ矢部は、もう一度ため息をついた。
「とりあえず、さっさと研修受けねぇとな。あの男、会社を移転したら従業員増やすと言いやがった。ったく、こっちにもスケジュールっつーもんがあるってのに、大虎の野郎……」
文句言いつつ引き受けようとしている矢部に、芽衣はくすりと笑った。
やっぱり矢部さんって、口は悪いけど優しいんだよね。
そう思い、余計くすくすと笑う芽衣に、矢部は息を吐いた。
「あー……なんだ。お前相手だと、ついペラペラ喋っちまうな」
そう言って、眼鏡を押し上げる。
矢部の仕草に、芽衣は、
あ、矢部さん照れてる。
そう思うと、余計笑ってしまった。
「いいですよ、喋って。どうせ私、他に話すような人もいませんし。その辺は安心して下さい」
じゃあだからと言って、矢部はべらべら喋り出すような男ではない。
小さく笑うと、そうだな、と呟くように言った。
矢部の目当ての蕎麦屋に入ると、既に時間は夕方に近い。
「皐月」
矢部がおもむろに芽衣を呼んだ。
「今日はまだいいか?」
「うん?いいですよ?」
「なら、食ったらマンションに車置いて、いつものところ、行くか」
いつものところとはもちろん『montange』。
「元日なのに、開けてるんですか?」
「あぁ。真田が店開けると言っていた」
それなら、と、芽衣はコクリと頷いた。
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