7年前

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参拝を済ませ、おみくじを引く。 二人仲良く吉を引き、枝に結び付けてきた。 車に戻り、出発する。 矢部が車を走らせながらちらりと芽衣を見た。 「年越し蕎麦は食ったか?」 「食ってなーい」 「ククッ、じゃあ、蕎麦にするか?」 「うん、お蕎麦食べたいです」 車が大通りを出て、片側が遊歩道になった道を曲がる。 窓の外を眺める芽衣に、矢部が口を開いた。 「そこのビル。もうすぐ完成なんだが」 「……ん、」 「俺に産業医を頼んだヤツの会社が入る予定だ」 「へぇ」 正面がガラス張りのビルを、通りすがりに上まで見上げる。 「じゃあ、矢部さんはあのビルに行くことになるんですね」 「それがなぁ……」 矢部は赤信号で車を止めると、悩ましげにため息をついた。 「あのビルの中間層は住居用でな。独身の社員なんかが入る予定なんだが」 そこで口を噤んだ矢部は、もう一度ため息をついた。 「とりあえず、さっさと研修受けねぇとな。あの男、会社を移転したら従業員増やすと言いやがった。ったく、こっちにもスケジュールっつーもんがあるってのに、大虎の野郎……」 文句言いつつ引き受けようとしている矢部に、芽衣はくすりと笑った。 やっぱり矢部さんって、口は悪いけど優しいんだよね。 そう思い、余計くすくすと笑う芽衣に、矢部は息を吐いた。 「あー……なんだ。お前相手だと、ついペラペラ喋っちまうな」 そう言って、眼鏡を押し上げる。 矢部の仕草に、芽衣は、 あ、矢部さん照れてる。 そう思うと、余計笑ってしまった。 「いいですよ、喋って。どうせ私、他に話すような人もいませんし。その辺は安心して下さい」 じゃあだからと言って、矢部はべらべら喋り出すような男ではない。 小さく笑うと、そうだな、と呟くように言った。 矢部の目当ての蕎麦屋に入ると、既に時間は夕方に近い。 「皐月」 矢部がおもむろに芽衣を呼んだ。 「今日はまだいいか?」 「うん?いいですよ?」 「なら、食ったらマンションに車置いて、いつものところ、行くか」 いつものところとはもちろん『montange』。 「元日なのに、開けてるんですか?」 「あぁ。真田が店開けると言っていた」 それなら、と、芽衣はコクリと頷いた。
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