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店のドアを開けるとカランと音がする。
初めてここ『montange』へ来てから変わらない音に、芽衣はほっと息を吐いて顔を上げた。
「こんばんは」
「芽衣ちゃん、いらっしゃい」
夏が来て、盆も過ぎたが気温はまだまだ暑い。
エアコンの効いた店内は、キンキンに冷えているというほどではなく、丁度いいと思った。
既に芽衣の定位置になったカウンター席に座り、壁側の椅子へ荷物を置くと、真田が冷たいおしぼりを出した。
「矢部は今日一緒じゃないの?」
「今日は私だけですよ。矢部さん、ずっと忙しそうだし」
最後に一緒にここに来たのはいつだったか。
芽衣は宙を見つめ、思い出すようにした。
「お医者さまは大変だねぇ。彼女ほったらかしで仕事だもんな」
真田がグラスにカクテルを注ぎながらそう言うと、芽衣は慌てて視線を戻した。
「真田さん。矢部さんって彼女いたんですか?」
「は?」
「え?」
「こらこら、芽衣ちゃん。お疲れかな?彼女って芽衣ちゃんの事でしょ」
芽衣はじっと真田を見つめながら頭の中で反芻すると、「えっ!」と声を上げた。
「もしかして、まさか、二人は未だに付き合ってないとか……」
カラン、
真田が言いきる前に、店のドアベルが鳴った。
「おう、大虎」
「いつもの、頼む」
芽衣から一つ空けた隣に腰掛けるとそう言った。
口調が矢部に似ている気がして、笑いそうになったのを誤魔化すように、芽衣は出されたグラスに口をつけた。
「芽衣ちゃん。さっきの話、終わってないからね?大体、矢部とはいつから知り合い……って、あれ?」
真田は大虎と呼んだ男にグラスを差し出した後、芽衣へ向けていた顔をぐるんと戻した。
「そういや大虎。矢部ってお前のとこの医者になるって話じゃなかったっけ?」
「うん?……あぁ、そうだが?」
グラスに口をつけていたのを置くと、大虎は僅かに首をかしげて真田を見た。
「芽衣ちゃん、矢部を雇うって言ってる社長って、コイツコイツ」
芽衣は指差された隣にゆっくり顔を向けた。
大虎もゆっくり芽衣を見ると、一度真田に視線を戻した。
「大虎。芽衣ちゃんは、矢部がここに連れてきた人だよ」
にやりと口の端を持ちあげた真田に、大虎は目を見開いてもう一度芽衣を見た。
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