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芽衣は大虎とじっと見つめ合いながら、一生懸命考えていた。
矢部さんの昔からの知り合いで、会社の社長さんで、矢部さんが産業医として依頼されていて……、
ウチの矢部がお世話になってます……?
いやいやいや、ウチの矢部じゃないから。
会社の電話を取ると必ずと言っていいほど言う、“お世話になっております”。
いくらこの人が社長さんでもここは会社じゃないし!
芽衣は3秒ほどでふわりと営業スマイルを浮かべるとぺこりとお辞儀した。
「はじめまして。皐月と申します」
よし、コレだ。
芽衣は心の中でガッツポーズをした。
「……柴崎です。矢部とは昔からの知り合いです」
「俺もだけど、もう何年だろうなー?中学?高校?そんな頃からの付き合いだよなー」
真田はグラスを拭きながら思いだすように宙を眺めた。
「そうだ、それでさっきの話!芽衣ちゃん、矢部とはいつ知り合ったの?」
アイツと居る時は聞けないだろ?
真田はニッと口の端を持ちあげた。
「大学の時ですよ。私が2年で矢部さんは3年の時、かな」
あの頃のことは忘れはしない。だけど、いい思い出だ。
大虎は、微笑んでグラスを傾ける芽衣の横顔をじっと見た。
そんな話は初めて聞いた。
もともと矢部はプライベートをべらべら喋るヤツではないし、自分も聞く方ではない。
仕事だけに生きているヤツだと思っていたが、芽衣という女性の存在があったということに、どこかほっとした。
「10年付き合ってんのな」
「真田さん。その言い方は語弊があります」
「はははっ、」
芽衣が笑う真田をジロリと見ると、大虎がぽつりと口を開いた。
「矢部は、」
「……?」
「“付き合おう”などと敢えてそうすることはしない」
「…………、」
芽衣は大虎の言葉を何度も頭の中で反芻した。
「アイツの大部分は仕事で忙しいが……会いたい人には会えてるみたいだな」
ふっと微笑んで芽衣を見る大虎を見つめながら、芽衣は矢部を思いだしていた。
グラスは2杯目が空になり、芽衣は鞄を手に席を立った。
「芽衣ちゃん、今日はもう帰るのかい?」
「あ、山本さん。ごちそうさまでした」
挨拶をする芽衣の横で大虎も立ち上った。
「皐月さん、送っていく」
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