7年前

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「えっ!あの、柴崎さん、大丈夫ですよ?私いつも一人で帰ってますし、」 恐縮して胸の前で小さく両手を振る芽衣をよそに、大虎は2人分の支払いも済ませると店のドアを開けた。 ちらりと芽衣に視線が向き、芽衣は慌てて開けられたドアに向かった。 カウンター内で山本と真田のくすくす笑う声がする。 芽衣は振り向きながら小さくぺこりとお辞儀をして店を出た。 車を呼ぶという大虎に慌ててすがるように首を振る。 「矢部さんと同じマンションなんで!ここ真っ直ぐ行ったところですし!」 「そうか」 大虎は一言そう言うと、ゆっくり歩きだした。 「…………」 「…………、」 無言で歩く。 2人分の靴の音が夜の道に響いた。 「矢部が研修に行っていたのは知っているか?」 「あ、はい。行くとは聞いてましたけど、日程までは……」 「研修は終わったんだが、今は病院の方が忙しいらしい」 あ、柴崎さん、矢部さんの近況、教えてくれてるんだ。 芽衣は「そっか、」と小さく返事した。 「……矢部とは頻繁に連絡を取り合っているのか?」 「いえ、矢部さんは当直もあって、休みの日も結局病院に行って患者さんに顔を出すっていうし、私からは殆ど連絡した事はないんです」 「……そうか、」 「用事もないのに連絡して、仮眠中だったら、なんて考えたら、余計なことはしないでおこうって思って」 本当は、芽衣からご飯に誘いたい日もあるが、忙しくて断られて切ない思いをしたくない。 結局芽衣からは連絡できずじまいだ。 既に目の前は自宅マンションで、芽衣は立ち止るとお辞儀をした。 「あの、今日はごちそうさまでした。それに、送って下さり、ありがとうございます」 「いや、」 大虎は考えるようにじっと芽衣を見つめていたが、やおら胸ポケットに手を入れると小さなケースを取り出した。 「何かあったら連絡するといい」 言いながら差し出したのは、大虎の名刺だった。 芽衣は驚くと慌てて鞄の中に手を入れた。 「あ、えっと、私のなんて貰ってもアレでしょうけど、」 言いつつ名刺を取り出し差し出す。 「何がございましたら、ご用命ください」 大虎は芽衣の名刺に入る大手企業の社名を見て目を見開くと、くつりと肩を揺らし、ひらりと手を挙げて帰って行った。
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