姿

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しかしこの日は、というかこの日も、来客はなく1日が終わろうとしていた。 店の中が夕日のオレンジに染まり、ほどなく、静かに夜の闇が忍び寄る。 柊平は暇つぶしがてらに終わらせた課題をカバンにしまう。 その時である。 建付けの悪くなった店の戸が、ガタンッと音を立てた。 木枠にはめられたすりガラスに、ボンヤリと影が映る。 「柊平。」 日がな一日猫業に専念していた夜魅が、ピンッと耳を立てる。 「ああ。」 それが人でないことは、残念ながら柊平にも分かった。 「御用はなんですか?」 夜魅は戸口へ行き、ハッキリとした声で問う。 「百鬼夜行路へお通し下さい。」 影が言う。 百鬼夜行路を開くと、柊平はずいぶん体力を消耗する。先日は結局、翌日昼過ぎまで寝こけてしまっていた。 入院前に壮大朗が、「主が柊平になったから、週末だけにする。」と、夜魅に言ったのは、どうやらこれが理由らしかった。 だから、百鬼夜行路の通行は週末のみ。 すりガラスに映る影は、幅広い胴に円い大きな頭。 人ではないが、その影にはどこか見覚えがあった。 柊平は夜魅の隣にしゃがむ。 「危なくはなさそうだな?」 「うん。でも、何だかよく分からない。」 夜魅はそう言って首を捻る。 何はともあれ、この建物の出入口はここ1つ。 柊平は立ち上がると戸に手をかけた。
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