第1章

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「色々聞いてくれてありがとう。俺は一人じゃないんだな」 「ええ、もちろんです。本日はゆっくりおやすみくださいませ。おやすみなさい」 「ひとつ、いいかな?」 「なんでしょうか?」 「そんな業務的な言葉じゃなくって、もっと、家族のようにおやすみと言って欲しいんだ」 「かしこまりました。……おやすみ」 「ありがとう。おやすみ」 「良い夢を」    よくあるパターンだ。  ここに電話をかけてくる人は皆言いたいことを言う。人の声に飢えて孤独を恐れている。案内システムでロング通話を希望してくるクライアントには特にその傾向が強い。  私たちは彼らの話を聞きマニュアルに沿って答えを告げる。  彼らには話したいだけ話しをさせた。そして最後に眠りにつく時は決まって子供のように温かい言葉を求めてくる。  時には恋人のように。母親のように。しかるように。慰めるように。  千回以上のおやすみを私は無表情のまま繰り返す。  声色を変えて口調を変えて。見知らぬ相手に対し気持ちは何ひとつこもっていない。それでも人々はここに電話をかけてくる。そして眠りの言葉を求めた。  人類の孤立化は深刻な社会問題であるとマニュアルに書かれていたのはその通りなのだろう。 「おやすみなさい」  今日も私の仕事が幕を開けた。
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