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 それから直人は、彼女が気になる存在になった。何時も何となく彼女を探し、視界に入ると目で追ってしまっていた。けれど直人は初日に挨拶した以来、全く彼女と言葉を交わす機会はなかった。彼女は控え室などでも余り私語をせず、自分のことを全く話さない為、素性は全く分からない。従業員の噂によると、何処かの店から引き抜かれてきたとのことだった。確かに水商売に慣れている様子だったので、その噂も頷けた。  噂を裏付けるように、彼女はそれから数週間で、店の指名ナンバーワンになっていた。そんな彼女と会話をすることも無いまま、出逢いから一ヶ月ほどが経った。そしてある日の閉店作業中、直人は急に呼び止められた。振り向くと、そこに居たのは他でもない彼女だった。 「これから、時間あります? よかったら二人で飲みに行きましょうよ」  そう言って彼女は、直人に妖艶な笑みを傾けた。余りにも急な誘いにかなり驚いたが、気になる相手からの誘いを断る理由も無い。直人は戸惑いながらも彼女と飲みに行くことにした。  向かったのは、彼女の行きつけのバーだった。そこは、カウンター席しかない小さな店。必然的に、椅子同士の間隔も狭い。隣に座る彼女の、きめ細かい蜂蜜色の肌や甘い香水の匂いに、直人は心を擽られた。けれど、それらに気を取られている場合ではない。丁度いい機会なので、何故彼女が気になるのか、じっくりその瞳を見詰めて突き止めたい。 「……何で、急に飲みに行こうって言うたんです?」  彼女に目線を移して、問い掛ける。 「さぁ、何ででしょう?」  目線を合わせた儘はぐらかすような言葉を返して、口の端で笑う。けれどその仕草は何処か色気を帯びていて、心が引き込まれそうになる。入店数週間で指名ナンバーワンになる理由が、少し分かった気がした。けれど、誘われた意図は一向に掴めない。その後も彼女は他愛の無い話しかせず、妖艶に微笑むだけだった。黙っていたら、そんな彼女のペースに飲まれそうだった。直人は彼女以外のものに気を逸らそうとして、かなりビールを呷ってしまった。
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