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 だが、当初はそうだったかも知れないが、徐々に美嘉も直人に本気になってきたようである。半年ほど前、彼女は店でもかなり羽振りのいい顧客である大会社の会長から、愛人にならないかと誘われたことがある。警備で店内を見回っていた直人は偶然その会話を聞いてしまったのだ。美嘉に差し出された小切手には、かなりの数のゼロが羅列しているのが見えた。そんないい話に彼女が乗らない訳が無い。自分も家に乗り込んで来た男のように切り捨てられてしまうのかと思うと、心臓が鷲掴みされたように痛んだ。  けれど美嘉は予想に反して、あっさりその話を断った。余りに驚いたので家に帰ってからその理由を尋ねると、美嘉はあんたと居る方が楽だからさ、と言って微笑んだ。確かにそれは直人も感じていた。女と同棲するのは初めてだったが、二人での生活に違和感が無いのだ。ずっと同じ空間に居ても、鬱陶しくない。きっとべったりと甘えられるのが苦手な直人と、猫の様に気まぐれに寄り添って来る美嘉は、肌が合うのだろう。そして直人は、彼女の中で金に勝ったのだと思うと胸が熱くなって、嬉しかった。それから彼は、美嘉と結婚したいと思うようになった。  でも直人は、出逢う前の美嘉について何も知らない。多分、彼女は話したくない過去を持っているのだろう。一切過去に触れない頑なさは、きっと理由があるに違いない。お金の件もそこに繋がっているように思える。そして最初に惹かれた、意志の強さが滲み出る瞳も。何があっても自分の想いを貫こうとする、毅然とした瞳。それは全てを物語っているのかも知れない。  お互いの過去は知らないけれど、これからは離れたくない。その想いさえあれば十分だと、直人は思っている。だが美嘉は何度彼が求婚しても、全然首を縦に振ろうとしない。かと言って別れたい訳でもないらしい。今日のように直人がキスやセックスを求めても、拒むことも無い。何が嫌なのか。何を望んでいるのか。やはり彼女の本音は掴めない。
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