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三本目の煙草に火を点ける。続けて吸いたくなるのは作業が進まない証拠。一人でパソコンと睨み合いながらやるような事務作業は、余り得意ではない。どうせなら人と話し合いながら進める折衝事の方が性に合っている。何かをしている、という実感を得られるからだ。
短い溜め息をひとつ漏らして、革張りの椅子から立ち上がる。煙草を吸いながら、豪華な調度品が幾つも置かれた広過ぎる書斎を一周する。その内本棚のガラス戸に映った自分と目が合い、じっと睨み合った。
意志の強そうな釣り目で大きい二重の眸。肉厚でぽってりした唇は、真一文字に結ばれている。
(キツイ顔。こんな顔見られたくない)
彼だけには。そう思った時、俄かに階下から響いてくる声が大きくなった。これは多分。
煙草を灰皿に押し当てて消し、身を翻すように書斎から出て行く。
「おぅ、晶子。帰ったで」
大きな吹き抜けのエントランスへと続く広く緩やかな螺旋階段を下りると、彼が軽く片手を挙げてこちらを見た。彫刻の施された細い手すりから手を離し、彼の方へ歩み寄る。
金茶の短髪にサングラス、豹柄のジャケットの下にボタンを胸元まで開けた黒いシャツを着て、ゴールドのチェーンネックレスやブレスレットや幾つもの指輪を身に着けている関西弁の長身の男。彼、大石雄樹は、晶子の夫である。見た目はとても胡散臭いが、彼女にとっては最愛の夫だ。
「お帰り、雄樹。今日は早かったのね」
「あぁ。赤坂の件が思ったより早よ蹴り着いてな」
横に居る黒いスーツの坊主頭の男から差し出された靴箆で革靴を脱ぎながら、雄樹は答えた。その足がムートンのスリッパに履き替えられるタイミングで晶子が両手を差し出すと、羽織っていた豹柄のジャケットが当たり前のようにその手の上に置かれる。
「せや、香港に送る書類はどうなっとる?」
螺旋階段を上り始める彼の隣について、二人で二階へと向かった。
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