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史進は空を見ていた。
白い雲がゆっくりと流れていく。
足もとで土を踏む音が聞こえた。
史進は思い出した。自分は今、戦っていたのだ。
慌てて飛び起き、棒を構える。
史進は強かった。まだ十七という歳で様々な武芸者を師にとり、近隣では敵無しの腕前となっていた。その引き締まった体には九匹の竜が彫られており、いつからか九紋竜と渾名されるようになっていた。
史進は確かに強かった。だが目の前の男はさらに強かった。
目の前の男はじっと史進を見据えていた。この男に、難なく転がされたのだ。
男は数日前、この史家村(しかそん)に宿を求めてきた。歳は四十すぎあたりだろうか。老いた母親も一緒だった。その母親は先日から腹の病で、床に臥せっていると聞いていた。
ついさっきの事だ。史進がいつものように庭で棒を振っていると、史大老(したいろう)と呼ばれる父とともに男が歩いていた。
男の声が聞こえてきた。自分の武芸は本物ではないという。
史進は思い知らせてやろうと勝負を挑んだ。男は少し逡巡したが、父の許可を得てやっと棒を手に取った。史進は打ちかかったが、転がされた。何が起きたのかわからないほど鮮やかに。
男の強さが理解できた時には遅かった。
史進は何度も打たれ、何度も転がされた。血と土にまみれながらも史進は立ち上がった。棒を杖がわりにして、足の震えをこらえ何とか立ち上がった。
対峙する男は、じっと史進の目を見据えている。まるで値踏みをされているようだ。
「どうした、終わりか」
「あんた、何者だよ」
言うやいなや史進は渾身の力を込め打ちかかった。唸りを上げた棒は斜め上方から男を襲う。男はそれをいなそうとしたが、棒の動きが突きに変化した。棒の先端は矢のように男の額に襲いかかる。
男は上体を反らし、寸前でそれをかわした。
「今のは良い手だった」
男の棒が史進を襲う。眼前に迫る棒。鳩尾あたりをしたたかに打たれた。膝がくず折れる。口の中に広がる血の味、砂利が肌に食い込む感触。史進は敗れた。
何年も修練をして、強さを求めた。史進は本当に強くなっていた。
だがこの男に、手もなくあしらわれた。
息を乱してもいない男は、一体実力のどれほどを出していたのだろうか。
悔しかった。だが何故か嬉しくもあった。
そして史進は意識を失った。
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