本当に本当は。

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「終電逃した」 「だからって何でここに来るんだ」 「仕方ないじゃない。思いついたのが此処だったんだから」 「呼び出せばアイツならすぐ迎えに来るだろ」 「……今日、飲みに行くって伝えてないからもう寝てる」 「お前なぁ………だからアイツに言っとけって何度言えば分かるんだ?」 夜遅くに現れた私に、彼はドアを開けた瞬間に呆れた顔を向け、大きなため息をつく。 そのため息に、思わず目を瞑るものの、此処で引き返すなんて出来ない。 カチャ、と聞こえた音に、目を開けるとそこには、最近になって見慣れてきた室内から漏れる蛍光灯が控えめな明るさで存在を主張していて、ちらりと見える机の上はいつも分厚い本や書類で雑然としているが、今夜はいつも以上に散らかっているように見える。 「………今、忙しいの?」 部屋の中の机へと視線を向ければ、彼は一瞬困った顔をして、すぐにいつもの気だるげな顔へと表情を戻した。 「だからって、夜中に放り出すわけにもいかないだろ」 そう言った彼の手が、半分くらいしか開いていなかったドアノブから離れる。 そして、その動作を合図に、終電を逃した私は駅から三分の彼の部屋へと転がりこんだ。 カタン、と椅子に座る音が室内に響く。 靴を脱ぎ、コートを脱ぐ私に目を向けることなく、この部屋の主でもある彼はつい先ほどまで向かっていたであろう机の上の書類へと再び向き合っている。 「お風呂貸して」 「ん」 「飲み物ここに置くよ」 「ん」 話しかけた私の言葉を聞いているのか、いないのか。 何を話しかけても、もうすでに「ん」という返事しか彼からは返ってこない。 そして、この返事の直後から、パラパラと本を捲る音と、カタカタカタとキーボードに素早く文字を打つ音が部屋へ響き、時折、「んー」「違うな」等と彼の口から小さな呟きが聞こえてくる。 (もう集中してる) この状態の今、彼に話しかけてもまともな返事が来ないことは、長い付き合いの中で、つい先ほどの返事を含め、これでもかと言うくらい身に沁みて実感している。 けれど、何の前置きもなく部屋を訪れた私を、拒否するわけでもなく、かといって大歓迎をするわけでもない彼は、夜遅くに訪れる私を、再び夜の街へと追い返すこともせず、明日の朝まで部屋に居させてくれるのだ。
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