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私は、生まれて間もないうちに、祖母に預けられた。
出生届は祖母が自転車を漕いで町役場まで提出しにいったとのことなので、本当に「生まれて間もなく」という言葉通りのタイミングだったようだ。
だから私には母親の記憶がない。自分の母のことを、祖母の娘としか認識できないのは、そのせいかもしれない。
祖母は、山の麓の小さな町に住んでいた。
田畑が広がり、古い民家がぽつぽつと建っていて、住んでいる人間のほとんどは老人だった。
町の真ん中を突っ切るように堤防が伸び、浅くて流れの緩い川が流れていた。魚が釣れるわけでもなければ、水遊びができるような深さもなかった。
確かにそこにあるのに、誰もそこに用事を持たない、忘れら去られたような川だった。
祖母は、数少ない民家の中でも、大きい部類に入る家に、一人きりで住んでいた。
亭主を早くに亡くし、女手一つで育てた一人娘である私の母は、嫁いでいったきり帰ってこなかった。
これは祖母が聞こえがいいように脚色した話で、本当のところを言えば、男と駆け落ちして音信不通になったようだ。
雪が降り積もった冬の晩、音信不通の娘が、赤ん坊を連れて帰ってきた。
庭には膝まで埋まるほどの雪が積もり、それなのに赤ん坊は靴下も履かされず素足のままだった。
祖母は詰問した。
この子の父親は誰なのか。
今までどこにいたのか。
この雪の中、裸足の赤ん坊を連れて出歩いて一体何を考えているのか。
娘は何も答えず、仄かに酒の匂いがする溜息をついて、祖母に赤ん坊を押し付けた。
取り落とすわけにもいかず、祖母は慌てて赤ん坊を抱き抱えた。その隙に、娘は積もった雪に足を取られながら、走り去っていった。
その赤ん坊が私だった。
背中には、何も書かれていない出生届と母子手帳が入れられていたそうだ。
それから、祖母は私を育てた。
そういう風に、周りは見ていたらしい。
あのおばあさんは、孫を引き取り育てている。立派なおばあさんだ、と。
しかし、それは厳密に言えば違う。
男と駆け落ちし、久々に顔を見せたかと思えば、我が子を名付けることもなく実家に置き去りにして逃げていった自分の娘を、祖母は受け入れられなかった。
今、ここにいる赤ん坊が娘のようにならないように。
見ることのなかった理想の娘が現実のものとなるように、私を娘に見立てて、育て直していた。
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