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その日も陰鬱たる気分で目覚めたアルバクラインは、夕刻の舞踏会まで読書で時間を忘れることにした。
時間になり、クロフォードから言われるがままに着替え、舞踏会場のホールに入ると、いつもとはやや違う雰囲気に気がついた。
いや、何が違うのかと問われれば具体的に「それ」を示すことはできないのだが、とにかくホールにずらりと集まり談笑する出席者を見渡したとき、言い様のない違和感を感じたのだ。
主賓が自分ではなくある程度自由な行動が許されていたので、席に向かう途中、幼子の頃からの気が置けない友人が集まっているのを見つけ会話に加わる。
近況を一通り伝え終え、ふと、「ところで」、と先程の違和感に関して友人に疑問をぶつけてみた。
「ああ……おそらくだが、多分アレだろう」
友人が皆、ある特定の方向に視線をやる。
そこには……違う空気があった。
繻子織の光沢とレースの華やかさが美しいブルーシルバーのドレスに、数々のダイヤが散りばめられたティアラ、毛先の隅々まで愛嬌を振りまいているかのようなブロンドのくせ毛。
それでいて顔は凛としていてたくましさを感じさせ、視線はまるで、決意の日に窓から差す朝日のようだった。
アルバクラインは、その朝日に照らされた。
……なぜ、このホールに入ったときに気づかなかったのか。
気づいてしまえばこれほど明らかな違和感もないじゃないか。
いや気づくはずもない。アルバクラインは女性を見るのを無意識で嫌がり、見知った顔を探すのに必死だった。すれ違いで幾人かから挨拶された記憶はあるが、それらが誰なのかなどには全く興味がなく、ただただ「挨拶」をしただけだった。
アルバクラインは絞り出すように声を出す。
「彼女は……?」
友人の一人、ジェイクがそれに返答する。
「それが、俺達の全員が、誰だかわからないんだ」
別の友人がそれに呼応する。
「あんな美人がこの周辺の、しかも領主や爵位クラスをもつ家の娘にいたら、真っ先に女好きのジェイクが知ってるはずだからな」
「普段なら怒るところだが、晴れの席だから許してやろう」
そう言いながらジェイクは肩をすくめ、友人たちは笑いに包まれた。
アルバクラインは「そうか……」と小さく返答し、そのまま目が離せないでいた。
兄と皇太子妃が入場し、乾杯の後、いよいよ三日目の舞踏会は始まった。
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