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「少し休んどけ。着いたら起こしてやるから」
「うん……いい」
「なぜだ?」
「……こわいから。ぜんぶ夢になっちゃいそうで……目がさめたら、またあそこに戻ってそうで……」
左手を伸ばす。彼女の頭をぽんと叩く。
「大丈夫だ。起きたら海が待ってる。約束する」
「うん……」
助手席でもぞもぞと体を動かし、膝を抱いて丸くなる。
小さな体を小さくたたみ、そのまま消えてしまおうとするように。
しばしの間。
聞こえてくる微かな寝息。
横目で見る。眉間に皺のよった険しい寝顔。血の気のない唇。首筋の傷。
生まれて生きてきただけで。
産み落とされて転がってきただけで。
こんなに傷がつく。
「…………」
無性に海が見たかった。
海に行けば、何もかも取り戻せるような気がした。
失ったくだらないものが全部、砂浜に打ち上げられているような気がした。
波打ち際に、傷まみれの十三歳の少女が倒れているような気がした。
アクセルを踏み込む。
夜がもうすぐ終わる。
波しぶきを被って白い泡に包まった彼女はじっと眠り続ける。
誰かが耳元で囁くのをじっと待ち続ける。
誰かが彼女を起こさないといけない。
けれども。それでも。だとしても。
今はまだ、急がなくていい。
眠りが少しでも彼女を癒してくれるのなら。
「……おやすみ」
じきに、護岸壁の向こうの地平線から光が溢れてくる。
待っていれば、きっとたどり着ける。
海だ。
【了】
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