狂人とは

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学生寮は普段と変わらず、ひっそりと建っていた。 しばらくここで過ごすことになると思うと、やや不気味さを感じる建物ではあるが、中は思ったよりきれいにされており、それぞれが割り当てられた部屋には個室であり、パソコン、冷蔵庫、シャワー室、冷暖房完備という待遇。 「病棟より快適かもしれない」と斎藤が呟くのも無理はなかった。 夏場は設定温度28℃、冬は22℃という環境の中、業務をこなすにも作業効率が悪い二人は普段の倍以上の時間がかかる。 共同スペースのテーブルの上に、二人あての手紙もあった。 学生寮や個室の使用について、他にも必要なものがあれば何でも言ってよいという一言付き。 患者から呼び出される以外は、学生寮内ならばどこにいてもよい、とのこと。 「これは看護師の仕事なのでしょうか・・・」 「いや、仕事じゃないね」 しばらく状況理解に時間がかかったが、斎藤の「患者に挨拶でも行こうか」の一言で、ふと我に返った。 「でも斎藤さん、患者から呼び出されるまでは待機って」 「さすがに挨拶くらいいいでしょ、顔も名前もわからんってのは、どうにも動けんよ」 たしかに斎藤のいう通りなのだが、今回の特殊なケースに関してはそれも正しいのかどうなのかわからない。 「患者に挨拶以外でも、中を少し見て回る必要はあるでしょ、何が起きるかわからない。それが精神科」 「まぁ、そう言われたらそうですけど」 早川も渋々納得、という表情を見せる。 精神科では何が凶器になるか、何が自傷行為を誘発するものかわからない。 例えば、靴紐一本でもボールペン、今自分たちが着ている服でも場合によっては危険物だ。 学生寮の中には危険物と判断されそうなものが多くある。 「患者が何をしようと」という一言が気になる。
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