勇者さまの尻尾

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 そうはいっても、当時のわたしにとって、結婚は大問題です。  二十五年も不満を飲み込んでやってきたわけですから、わざわざ母づてで、さえないオーボエ吹きを婿に取れって言われたときにはね、それはそれは大爆発しました。  姪っ子の見ている前で、母や姉に食ってかかって、引っぱたいているところを父に見つかって、めっためたに殴られました。  わたしを口説いていた男のひとも、次の日に腫れた顔を見ると、回れ右をしてそれっきりです。  一緒に逃げようだなんて、うそばっかり。  家族に手を上げたのと、男に逃げられたのがこたえたのか、わたしは慎み深くなって、一生結婚はしないと決めました。  父母も、わたしの激情がどこにあるのかを知って、勝手に縁談を進めなくなりました。  家業が嫌なら、わたしだけどこかの食堂にでも住み込んで、好きに暮らしてもいいって言われましたけど、あいにく、芸ごとのほかには取り柄がありません。  よそ者が簡単に働く口を見つけられるような時代ではなかったですし、舞台に未練もありましたから、しかたなく、一座と一緒に旅を続けました。  慎み深くなったといっても、淑女というわけではありません。  父に逆らわないだけのことです。  かしこまりましたと言いながら、父の指図に従っているうちに、自分の本音が分からなくなりました。  愛想笑いがうまくなって、家族がグリフィンに食い殺されるまで、悲鳴ひとつ上げませんでした。  荷馬車の下敷きになって右足を折りましたが、わたしだけ食われずにすみました。  腹を満たしたあとに、沼地を掘るのは面倒だったのでしょう。  道に迷った行商に助けられました。  満腹になったグリフィンの寝息が聞こえてきそうなほど、空は穏やかで、わたしは血まみれで、泥だらけでした。  わたしの家族と行商と、来る順番が逆だったら良かったのにと思ったのは秘密です。  グリフィンに襲われて生きているなんて、女神さまに護られているに違いないって噂になりましたけど、働く口が見つかっただけのことです。  家族は帰ってきません。  母や姉を殴ってしまったことを謝りたくても、骨を拾いに行ってやることすらできません。  姪っ子はわたしと気が合って、姉の代わりによく面倒を見ていましたけど、もう二度とかまってやれません。  やっぱり家族が好きだったのだなと、失ってから思いました。
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