第1章

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てんはち  ぼくが新大阪駅に着いたころには、景色はもう夕闇に沈んでいた。二時間半、外界と切り離されていたその箱から降り立った駅のホームは、ぼくの予想と期待を遥かに超えてむわっとした暑さに満ちていて、その頬を叩かれるかのような熱気に、新幹線に乗る前の暑さと怠さを思い出す。……本当に今の季節は、どこに行っても、何時になっても暑いんだな……。  大阪に来るのは生まれて初めてで、本当なら新大阪駅もあちこち見て回りたいくらいなんだけど、この暑さに気持ちが削がれる。……観光に来たわけでもないしなあ、と、下がる一方のテンションを何とか押しとどめながら、とりあえず、まずは目的地に着くべく、メモに書かれた通りにJRの乗り換え口へ向かった。  新大阪駅からJRで一駅、大阪駅で地下鉄谷町線に乗り換え、と簡潔に書いてあったけど、天井から下がっている案内板を頼りに実際に歩いてみたら、かなり距離もあるし道が煩雑だ。……あの人もここで、この道のりをいったり来たりしていたのかな、と、ちらりと脳裏を何かのイメージがよぎる。  地下鉄谷町線の東梅田駅から二駅。たどり着いたその駅で、地下鉄のイメージカラーなのだろう、紫色の帯とともに描かれた「天神橋筋六丁目」という文字を確認してから地上にあがる。開けた視界は、……いや開けるはずと思っていたその景色は、狭い通路と、高く伸びた天井の形に切り取られていて、どうやら商店街のアーケードの入口に隣接して地下鉄の出口があるようだった。  渡されたメモと睨めっこして位置関係を確認すると、メモの指示通りに右、商店街のアーケードとは逆の方向に曲がる。信号を渡って、まっすぐの道をしばらく歩くと、目的地である「天神橋筋八丁目」に辿り着いた。 次の方角を示すメモには「右を見上げる」と書かれていた。地図には全く似つかわしくない、感覚的な言葉に首を捻る。見上げるって、どこを見ればいいんだろう、……よくわからないながらも、歩きながらちらちら右上方に視線を向けていると、果たして、そのものが視界に入った。アパートの二階、外階段を上ったところの手すりに、手書きで「遠野探偵事務所」と書かれたプレートが掛けられていたのだ。
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