第1章

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階段をあがってすぐ目の前の、202と記されたドアの鍵穴に、渡されていた鍵を突っ込む。薄いドアを開け、照明ボタンを押して、パッと浮かび上がったその部屋を見るのと、むわっと籠った、埃っぽくカビくさい空気が鼻を刺すのとが、同時だった。  玄関からすぐの廊下にミニキッチンがついた、よくある形のワンルームの部屋。キッチンを通り過ぎた奥の部屋、正面の窓に面して置かれた机と椅子の上が、全て書類で埋まっていた。畳敷きの床には小さなテレビとミニテーブルが置かれており、テーブルの上も畳も、紙やその他、よくわからないものが散乱している。  部屋をなんとか、余計なものを踏まないように横切り、とにかくまず空気の入れ替えをするために、窓をガラッと開ける。部屋の中に澱んでいた埃っぽさが、動いたせいだろう、ますますひどくなった。  部屋の隅に布団が置かれているのを見つけ、引っ張りあげる。じとっと感じる重みと湿り気、……パッと見た感じ、カビのようなものは見えないけど、中がどうなっているのかわかったものじゃない。  布団を窓のサッシにひっかけて、そのまま部屋の電気を消し、外に出た。しばらく空気を入れ換えないとなにもできない。……なにしろこの部屋が開いたのは、少なくとも一か月ぶりなのだから。  それにしても、と、ある程度予想はしていたものの、はあっとため息が漏れる。……この部屋がそう簡単には片付かないであろうことが、容易に見てとれたからだ。  ぼくがこの部屋に来た目的、それは、この場所を引き払うためだった。 遠野探偵事務所のあるアパートから通りを左右に見渡すと、はす向かいに小さな喫茶店があった。時刻はいつの間にか七時半を回っていて、ぼくは、部屋の空気を入れ替えている間に夕食をとる算段で「八重」と看板が掲げられたその店のドアを押し開けた。  カラカラン、という音とともに、カウンターの中にいた女性がこちらを振り向いてじっと眼を据えた。……その強い視線に一瞬たじろいだが、気を取り直して、 「あの、夕食食べたいんですが、まだ大丈夫ですか」
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