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「ただいま」
「おかえりなさい」
扉の開く音がしたので玄関まで出迎えに行くと、予想していた表情とは違う顔をしたおじいさんが帰ってきた。
今日で学校も定年退職。
てっきりやることを失って寂しそうに帰ってくると思っていたのに。
「何かいいことでもあったんですか」
「そう見えるか?」
「はい」
「そうかそうか」
満更でもないといった顔をしておじいさんはリビングのソファーに腰掛け、カバンの中から何かを取り出した。
出てきたのは一枚の色紙。そこには様々な色で文字が描かれている。
そして真ん中部分には、「先生お疲れ様!」と大きく一言が書かれている。
「子どもたちがわしが退職するってことで、作ってくれたんだ。もう嬉しくて嬉しくて」
ニコニコが収まらないおじいさん。見ているこちらも思わず笑顔になってしまう。
おじいさんは色紙とアルバムをテーブルに乗せて、背もたれに体を預ける。
「もう60か」
「あっという間でしたね」
「そうじゃな」
「このままポックリ逝ってしまうんですかなぇ」
「わしはもう死んでもいいわい」
「…………」
その一言を聞いて、少し想像してしまった。
そのときを、その瞬間を。
色々な想いが込み上げてきたが、上手く整理がつかない。けれどこの言葉だけは自然と口からこぼれ落ちていた。
「私を置いていかないでくださいね」
支えて、支えられて。
もうこの先大した人生ではないかもしれないけれど。
どうか、何気ない一日が少しでも続きますようにーー。
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