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「寝るならここでいいじゃん」
「家の方がゆっくり眠れるだろ」
宮部は皺にならないようハンガーに吊るしておいたスーツを着込むと、姿見で全身をチェッ
クした。そしてスタスタとドアに向かうと、出て行く間際になってやっと瀬野を振り返った。
「できるようになったら、また声をかけてよ」
パタンとドアが閉まる軽い音が、室内に響いた。そしてその後には、静寂が訪れた。よほど
防音設備がいいのか、隣の部屋の音さえ全くしない。空気が振動しない分、皮膚の感覚が鋭く
なるのだろうか。瀬野の体に室内の空気が圧着し、時間が経って透明になった宮部の精液と、
ローションの飛沫の不快感が肌にじっとりとまとわりついていた。
瀬野は空気を裂くように勢い良く起き上がると、木浦に電話した。木浦はワンコールで電話
に出た。
「充、どうかした?」
「圭が何してるのかなって、思ってさ」
瀬野が自分を呼び出そうとしている事はわかっていた。きっと相手との相性が良くなかった
のだろう。だが木浦は、勿体ぶるように答えた。
「今、アダムで連絡待ちしてるとこ。この間デートした人が、今日会えないかって」
「誰とデートしたの?」
「充が知らない人」
木浦はそう言って、瀬野の反応をうかがった。
「ふーん。じゃあさ、その人の事、話してよ。ここのホテルすごいんだよ。布団とかフカフ
カで、寝心地も最高。それにマッサージチェアとかさ、カラオケなんかもあるんだ。圭、カラ
オケ好きじゃん。だから、来ないかなぁと思ってさ」
瀬野は、木浦が来るきっかけをつくりやすいように、喜びそうなウソを並べた。来てからウ
ソだとわかっても、木浦が怒る事はない。デート相手からの電話を待っているというのも、恐
らくウソだろう。
木浦もまた、瀬野が自分を呼ぶためにウソをついている事はわかっていた。
「えー、楽しそう。じゃあ、そっちに行こうかな」
そう言うと、木浦は開いていたファッション雑誌をバッグにしまった。
「何だよ。結局、瀬野待ちか」
隣に座っていたヒロキがそう突っ込んだが、木浦は気にもとめずにアダムを出て行った。
瀬野は電話を切ると、再びベッドに横たわった。受話器からの木浦の声が消え、静寂が一段
と深くなる。ベッドの上にはローションでヌラヌラと光るバイブが投げ出されたままになって
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