第1章

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 「寝るならここでいいじゃん」  「家の方がゆっくり眠れるだろ」  宮部は皺にならないようハンガーに吊るしておいたスーツを着込むと、姿見で全身をチェッ クした。そしてスタスタとドアに向かうと、出て行く間際になってやっと瀬野を振り返った。  「できるようになったら、また声をかけてよ」  パタンとドアが閉まる軽い音が、室内に響いた。そしてその後には、静寂が訪れた。よほど 防音設備がいいのか、隣の部屋の音さえ全くしない。空気が振動しない分、皮膚の感覚が鋭く なるのだろうか。瀬野の体に室内の空気が圧着し、時間が経って透明になった宮部の精液と、 ローションの飛沫の不快感が肌にじっとりとまとわりついていた。  瀬野は空気を裂くように勢い良く起き上がると、木浦に電話した。木浦はワンコールで電話 に出た。  「充、どうかした?」  「圭が何してるのかなって、思ってさ」  瀬野が自分を呼び出そうとしている事はわかっていた。きっと相手との相性が良くなかった のだろう。だが木浦は、勿体ぶるように答えた。  「今、アダムで連絡待ちしてるとこ。この間デートした人が、今日会えないかって」  「誰とデートしたの?」  「充が知らない人」  木浦はそう言って、瀬野の反応をうかがった。  「ふーん。じゃあさ、その人の事、話してよ。ここのホテルすごいんだよ。布団とかフカフ カで、寝心地も最高。それにマッサージチェアとかさ、カラオケなんかもあるんだ。圭、カラ オケ好きじゃん。だから、来ないかなぁと思ってさ」  瀬野は、木浦が来るきっかけをつくりやすいように、喜びそうなウソを並べた。来てからウ ソだとわかっても、木浦が怒る事はない。デート相手からの電話を待っているというのも、恐 らくウソだろう。  木浦もまた、瀬野が自分を呼ぶためにウソをついている事はわかっていた。  「えー、楽しそう。じゃあ、そっちに行こうかな」  そう言うと、木浦は開いていたファッション雑誌をバッグにしまった。  「何だよ。結局、瀬野待ちか」  隣に座っていたヒロキがそう突っ込んだが、木浦は気にもとめずにアダムを出て行った。  瀬野は電話を切ると、再びベッドに横たわった。受話器からの木浦の声が消え、静寂が一段 と深くなる。ベッドの上にはローションでヌラヌラと光るバイブが投げ出されたままになって
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