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「じゃあ、上で待たせてよ」
明らかに年下のガキに横柄な口をきかれ、高見は苛立ちをあらわにした。
「会員様以外の方に入店いただく事はお断りしております。先日は、井澤様のお連れ様とい
う事で、特例で御崎が施術させていただいたんです。御崎に御用という事でしたら、井澤様と
お越し下さい」
取りつく島もない態度に気おされたわけではないが、瀬野はあっさり引き下がった。はじめ
から簡単に会えると思って行ったわけではない。ただ御崎なら自分の話を聞いてくれるのでは
ないかと、根拠もなくわずかな期待を抱いていたのだった。
井澤からメールが来たのは、そんな矢先だった。
スマホの画面を見たまま身じろぎもしない瀬野を不審に思い、木浦はメールを覗き込んだ。
「この間の商社マン?」
「そっ、俺、気に入られたみたい」
「どうせ断るんでしょ。充は同じ男と二度デートする事はないもんね」
以前、瀬野が話してくれたルールを、木浦は覚えていた。遊ぶのは一度だけ。それ以上続く
関係には絶対ならない。その理由を聞くと、瀬野は「だって面倒じゃん」と答えたが、実のと
ころは木浦にもわからない。瀬野が毎晩いろんな男と遊び歩き、ホテルや相手の自宅で一晩過
ごす事は知っているが、そこで常に体の関係をもっているのか、それとも単に気の合う相手を
探しているのかは、瀬野から直接聞いた事はなかった。確かなのは、瀬野がヘテロで、自分が
男友達の範疇から出る事はないという事だった。
「結構好みだったんだよなぁ」
瀬野の意外な言葉に、木浦は慌てた。泊まりもしないで帰ってきたくせに、そんなのウソに
決まってる。だけど、もし本当だったら、こんなふうに自分を頼りにしてくれる事はなくなっ
てしまうのだろうか。充が離れていってしまったら、どうしたらいいのだろう。充はその男の
何に惹かれたんだろう。木浦はメールの男に嫉妬した。
「いいんじゃない、好みなら。僕もヒロキに誘われてるし。今日だって、アダムで引き止め
られて大変だったんだ」
気持ちと裏腹な言葉が、木浦の口をつく。すると、メールに気をとられている瀬野が、さら
りと言った。
「付き合ってみたら。あいつ、案外いい奴だし」
ウソでも聞きたくない言葉だった。突然突き放された寂しさが木浦の心を支配する。肌が触
れ合うほど傍にいるのに、瀬野の心は知らない男のところに行っている。木浦はベッドから立
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