第1章

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 口元に指先を持っていたテオドールに老父が頷いた。  「あ、ありがとうございます」  取り立てて空腹と言う訳ではなかったものの、与えられた好意を拒絶しては今後の関係に波風が立つかも知れないと判断したテオドールは、パンらしき塊に手を伸ばした。口に含むと、パサパサの上に硬かった。失敗した丸いフランスパンのようだった。  口の中の水分が奪われるまま、胃袋へと押し込んだテオドールは噎せ返る。パンは素朴な味。どんな原料を使っているのかは知らないが、ややほろ苦い中にも甘味があった。すると老父の伴侶らしき婦人から汚い色の液体が差し出された。状況からすればお茶だが、環境から察すれば汚いながら水だろう――。勿論、お世辞にも綺麗とは言えない。例えるなら、ろ過の不十分な水の入ったグラスである……を受け取ったテオドールは、恐らく水だろうと判断する一方で、意を決する思いでグラスの中身を飲み干した。  「あ、ありがとうございます」  伝わるかどうかは別にして、笑顔を作り、老夫婦に礼を述べたテオドールは、今にも噎せ返りそうになる……いや、嘔吐きそうになるのを我慢した。やや生臭い水。加えて泥臭い。そして何とも言い難い不純物が混じったと思わせるのど越しと味。昔、インドに旅行した際に触れたガンジス川のそれに似ている。  「……はぁ」  人心地付いたのだろうか。と思いながら、扉をくぐる前の事について考える。とは言え、真実が見えてくるものではない。決して小規模とは言えない集団が襲って来たのだ。幾ら自分らも警備の目を掻い潜っていたとしても、あれだけの規模のテロリストが逃げ果せる訳ではないだろう。レオナールがアニエスを殺害したようにも見えた。が、間もなくして米軍らが駆け付けていれば助かっている筈である。兎に角、向こうに戻りたい。アニエスの容態が心配だった。  「情報が欲しいッ」
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