『ジャッカロープ』

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 全て空の世界で、名護だけが見えた。 「俺は生きた心地がしませんでしたよ」  名護が、長い溜息をついていた。  秋里は崖を伝い、危なげもなく上に登ってきていた。征響も倉吉も、普通に登ってくる。 「弘武は、無鉄砲だよな」  確かに落ちなくて良かった。上から見ても、民家の二階屋が下に見える。四階建ての宴会場の屋根も、下にあった。結構高い崖であったらしい。 第三章 秘密の箱園  崖の上に来たのはいいが、これは崖の中腹であった。下からは見えていなかっただけで、上に斜面が続いていた。それも、その斜面が長い。 「この建物は何だ?」  崖の斜面に、庵のようなものが建てられていた。そこの庭に木も数本生えている。 「家があるのならば、道もあるのではないのか?」  この斜面を、登り降りしていたのではないだろう。  でも、道を探す前に、この建物の中に入ってみた。  薄暗い中には、電気が無かった。四畳半程度の大きさの内部は、一間だけで出来ていた。しかし、暗さに目が慣れると、ここで暮らしていたのか、水道があった。布団らしきものも畳まれたまま、奥に重ねられていた。  薪ではあるが、外に風呂もある。ガスボンベは無いが、コンロは残っていた。 「住居?離れみたいなものかな」  もしかしたら、病気などの感染を恐れ隔離したような部屋なのかもしれない。布団には触れない方がいいか。  しかし、小さな机の上に置かれた紙を見て、理由が分かった。  ここは物書きの部屋で、隠れ家だったようだ。紙には、締切の日時や、電話が怖いなどの走り書きがあった。もしかして、漫画家のような人であったのか、絵も描かれていた。  その絵には、四季が移り変わる庭が精密に描写されていた。枯れ葉の積もる庭、雪に埋もれた庭、蝉が煩そうな庭など、同じ位置から幾枚も描かれていた。  窓枠も描かれていたので、同じ枠の前に立ってみた。しかし、窓の外は崖の面しかなかった。まさか、この描写は想像なのであろうか。  それにしては、枯れ葉一枚一枚など、細かく描かれ過ぎている。 「風呂は露天か」  家の後ろにあって、誰も目につかないかもしれないが、電気のない中で露天は怖い。  そもそも、家から出たらすぐに崖という場所もあり、夜は怖くて歩けない。 「どんな生活だったのだろう」
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