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「でもね、ある時、飛行機事故に遭ってね。二度と戻って来なかった」
この寺に眠っているが、遺骨の類は何もなく、愛用のペンだけがあるという。
「まあ、原稿もあるけどね」
モモウサのスケッチも大量にあったが、途中で飽きてしまったのか、ジャッカロープになっていた。兎の耳が角になり、世界中の山を巡っていた。
「今は娘が管理しているけど、父親のあの家には近寄らない。悲しいのだそうだ。娘は遺体も見つからなかった父親は、あの建物から世界中を巡っているということにしているらしい」
そうなのか、あのモモウサにも悲しい過去があったのか。ただ、草を食べているだけの、デブ兎ではなかった。
「墓参りしてきます」
この墓まで、駅から歩くと一時間かかる。その一時間は、母を思い出して歩いていた。忘れないように何度も、母の言葉を反芻していた。
「藤原、花を購入した?」
「まあね」
藤原が後ろに隠していたのは、深紅の花束であった。
「彼女にあげるの?って冷やかされたよ」
母もプロポーズされるのが、大好きであったので、丁度いいだろう。
一人で生きられなかったら、誰かと生きればいいの。母は、そう言って、常に誰かと生活していた。それを、悪く言う人も多かったが、俺は母が好きだった。母は、いつも笑っていた。
印貢家の墓は、斜面にあって海が見える場所にあった。どうして、こんな場所を選んだのか、かなり急な斜面で、滑ると一気に数メートルは落ちる。
墓に刻まれた名前を確認すると、そんなに長くここで暮らしてはいなかった。
「母さん、花束」
墓を綺麗に洗うと、布で丁寧に拭く。
「母さん。こっちが藤原で、こっちが名護」
どう紹介しようか迷っていると、藤原と名護は自分で墓に向かって説明していた。
「俺の親友だよ」
もう面倒なので、俺は、一言でくくる。
「それから母さん、俺の出生の秘密は知ったよ。兄さんはどうでもいいけど、季子さんには相談して欲しかったね」
母さんの笑い声が聞こえる。サプライズプレゼントだったのかもしれないが、人間に関わる事なので、知った時は驚きを通り越した。俺が、季子へのプレゼントであったのか。
墓に佳親や征響などもやってきたので、俺は上の木に座る。墓の上に、大きな木が生えていて、昔も木の上で休んだ。
すると、足元にモモウサがきていた。やはり、昔一緒に歩いた兎はモモウサであったのだ。
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