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平成ニ八小麦粉奇譚【試し読み】
窓を開けてベランダに出る。朝日は苦手だ。裁縫糸よりも目を細くして、おれは冷たい風に当たる。持ってきたゴミ袋を、固く縛り直した。
上京してここに暮らし始めた頃は、東京都内でも、静かな朝が訪れることに驚いたものだ。今日も例外なく静かで、久しく外を歩いていないおれはふと、知らないうちにいつのまにか世界は終わっているかもしれないと想像する。そうだったらいいと思った朝は数知れない。
鬱屈とした気持ちを放り出すように、おれは右手に持っていたゴミ袋を手すりの向こうへ放り投げた。
自由になった袋は、おれのいる二階から地上までの距離を測るようにゆっくり落ちていった。軽い音と共に真下のごみ捨て場にうずくまったそれは、おれが手にしていたよりもずっと小さく、思わず足のつま先がきゅっと丸まった。
まだゴミ袋の後追いをしたくないおれは、部屋に戻り窓を閉めた。四畳半の部屋の中には、散乱した紙屑と、よれよれの煎餅布団、十年前の型の分厚いノートパソコン。
おれがこの部屋に引きこもって、早一ヶ月になろうとしていた。
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