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「??ッ!」
と、後頭部を思い切り殴られた晴明が、薫と額をしたたかにぶつけた。
額を押さえて振り向くと、胸元をはだけたままの博雅が手に蝙蝠(かわほり)を握り締めて立っている。
その顔が紅潮しているのは怒りのせいらしい。
「……ひろ……」
「その手を放さんかっ!」
薫の腰に回していた腕を蝙蝠でまたぴしりと叩かれて。晴明が慌てて手を振り解く。
「お前はいったい何をやってるんだ?ええ?」
晴明の背後に立っている薫に目をやる。
「なぜ俺の顔なんだ?そもそも式は抱かないんじゃなかったのか?」
氷室もかくやと思わせる冷たい声で言われて。言い訳のできない晴明が唇を開いては閉じる。
「この間はずいぶん偉そうな事を言っていたが、あれはウソか?」
怒り頂点を感じさせる剣呑な目で問い詰められる。
お前と同じ顔だから……とは言えず。晴明の視線が泳いだ。
「今すぐその式を還せ」
有無を言わせぬ口調で博雅が命じる。小さく吐息を落とした晴明が口の中で呪を唱えた。
背後でばらりと花が散った。
「二度と薫は呼び出さぬと約束しろ」
常にない博雅の剣幕に、晴明が驚いた顔になる。
「約束しろ、晴明。でないとここへは二度と来ぬ」
「……分かった。約束する」
殊勝な言葉を返す晴明をひとつ睨みつけると、博雅はくるりと背を向けて階を降りはじめた。
「あ、おい待て!」
追いすがってその肩にかけた手を払われて。
「何か用か?」
「……胸、直していった方がいいぞ」
痕が残ってると指差されて。真っ赤になった博雅が慌てて前を掻き合せる。
「……人の顔を使って――ばか!」
ケダモノ!と言い放って博雅が帰って行く。 晴明が無言でその背中を見送った。
「……式はお前の望み通りにしたかっただけなのに」
後ろから春花の声がした。
「お前が悪い。晴明」
分ってる、と晴明が肩を落とした。
「可哀そうにな……花はもう色褪せはじめてる」
満開の金木犀の枝から、花がほろりと落ちた。
了
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