第2章

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博雅が晴明の屋敷を訪れたのは笛の会の帰り。青磁の狩衣に葡萄(えび)色の指貫のその姿は凛として清々しい。 覚えてきたばかりの新しい曲を聞かせてやろうと、懐の笛に手を触れる。 春花も聞きに来ればいいがと思いながら、相変わらずの荒れ屋のような屋敷の門を潜る。 と、その庭に籠もる花の香りに驚いた。 もう秋も終わりだというのに咲き誇る金木犀??立ちこめる濃密な香り。 ふと気づけば庭に春花が立っている。 「春花」 微笑んで近づいた博雅が、春花の表情に気づいて眉を寄せた。 「どうした?」 普段感情をあまり表さない春花の細い眉が、愁いに翳っている。 「しばらくここに来ぬ方が良い」 いきなり言われて面食らう。 「……なぜそんな事を?何かあったのか?」 「花が、哀れだ」 視線を金木犀に向けたまま春花が言う。言葉の意味がつかめずに博雅が困惑する。 「……春花?」 こちらに一瞥もくれずに黙って花を見つめる春花に、それでも博雅は誘いをかけてみた。 「屋敷に入らないか?新しい曲を覚えてきた」 「式がいるから行かぬ」 いつもは式など気にした事はないくせにと。春花を振り返りながら博雅は母屋へと向かった。 いつも式が控えている南階の上がり口。 顔を上げたのは、いつぞやの金木犀の薫。 ほのかに笑みを含んだ唇の……艶かしさにどきりと した。 ……前からこんな風情だったか? 何となく戸惑って歩みが遅くなる。 春花が避けていた式は、この薫か? じっと見つめてくる博雅に頓着せず、音もなく立ち上がった薫が中へと彼を誘った。 捲った御簾を潜る時、ふと首筋にひやりとしたものを感じて。 博雅の足が止まる。 ――視線? ゆっくりと首をめぐらせて背後を顧みる。……が、そこには面を伏せた薫が控えているだけ。 ……気のせいか? 首をかしげながら母屋へ入っていく博雅の後姿を、顔を上げた薫がじっと見つめていた。
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