第3章

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ひたり、と。 博雅の頬に指が触れる。 氷のような指が首筋に滑り、頚動脈の上で止まった。 指の後を追うように這ってきた唇が、とくりと打つ命の流れを確かめるかのように脈に捺しあてられた。 「かお……止め……」 力なく首を振る博雅の頤を捉えて。薄く笑みを刷いた唇が博雅のそれに重なってきた。 唇を割って入り込んでくる舌。息を奪うかのように侵入し蠢いてくる肉塊が、次第に熱を帯びてくる。 送り込まれてくる蜜のように甘い唾液が博雅の顎を伝った。 首上の緒を解かれ小袖の胸元に掌が滑り込む。直に肌に触れられて悪寒に身体が震えた。 心の臓を確かめるかのように、薫の掌が胸をゆっくりと撫で擦る。抗おうとしても腕に力が入らない。 床の上で指先だけが痙攣した。 唇を吸われたまま胸の突起を弄られて。 ――身体の芯に、抑えきれない火が灯る。 なのにその熱は薫に吸い込まれていくようで。投げ出された手足は酷く冷たかった。 ようやく離れた薫の唇が顎をつたい、肌を軽く吸い上げながら首筋、そして胸元へ下りる。 ぬめぬめとしたそれが心臓の上で止まり、その周囲を這いまわった。 博雅!とどこか遠くで声がした。 せいめい、と呼ぼうとしたが、もう声にはならなかった。 「――博雅!」 屋敷に戻ってきた晴明は、金木犀の波動が異様に強くなっているのに気づいた。 広縁で倒れている博雅の姿に、慌てて階を駆け上がった足が止まる。 「……薫?」 博雅の上で身を屈めていた薫がゆっくりと立ち上がる。 振り向いたその顔は??博雅と瓜二つ。 一気に五つ六つ年を取った薫が、典雅な笑みを浮かべて晴明に歩み寄ってくる。 「おまえ……?」 その腕を首に回されて、薫の背丈も自分と同じくらいになっていることに気づいた。晴明の背中がぞわりと波立つ。 ……ただの石でさえ神にもなるものを……。 春花の言葉が脳裏に甦る。 自分が……薫を変えてしまったのか?変わる力を薫に与えてしまったのか? 薫の唇が晴明のそれを求めて寄せられた。 思わず身を引いた晴明を眉を寄せて見返す……その表情が博雅そのもので。 眩暈のような情動に抗しきれずに腰に手を回す。鳶色の瞳が満足げに細められた。 くちづけの距離に顔が寄せられていく。
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