過去と現実

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 最近、真人はふたりきりのとき以外にもやさしい顔を見せるようになった。  それは事情を知っている祐一郎がいるときのみ、という状況に限られてはいるけれど。  それでもその表情は酷く甘くて、自分でさえおもわず息を呑んでしまうほど。  それがとてつもなく困るのだ。  ふたりきりなら、必ず手を伸ばしている。  その甘い雰囲気を閉じ込めたいと思う。  真人に触れたい衝動に駆られる。  いくら祐一郎が自分たちのことを知っているといっても、さすがに変な気を起こすわけにはいかないわけで。  だから、困るのだ。 「・・・・さて、と」  と、いうと同時に、祐一郎が弁当箱を手に取り立ち上がる。 「もういくの?」 「ああ、顧問に用事あるんだ」 「そう」 「それに・・・・」  そういいながら、祐一郎は真人に歩み寄っていく。  智紘が首を傾げた瞬間、真人の頭上で祐一郎の弁当箱が鈍い音をたてた。 「!」  突然の出来事におもわず眼を見開くと、僅かに顔を顰めた真人とにやりと笑った祐一郎が眼に入った。 「俺がいるときにそんな顔すんな、バーカ」  言葉とは裏腹にどこかたのしそうな口調の祐一郎は、そのまま弁当箱を小脇に抱え、さっさと出口へと歩いていってしまう。  その後姿を呆然と眺めていると、視線を感じたのか祐一郎は一瞬だけ振り返ってにやりと口元を吊り上げた。 「ごゆっくり」  意味深なセリフとともに、今度こそ祐一郎はドアの向こうへと消えていった。 「余計なお世話だ」  殴られた頭を擦りながら、いまや誰の姿も見えなくなった出口に視線を送り、真人は苦笑しながら呟いた。  どうやらすっかりバレてしまっていたらしい。  もしかしたら真人だけではなく、自分も相当モノ欲しそうな顔をしていたのだろうか。  もしかしたら、ではなくて、きっとそうなんだろう。  違う、といい切れる自信はない。  気を遣わせてしまったのかもしれない。  申し訳ない気持ちで祐一郎の去っていったドアを眺めていると、突然腕を強く引かれ、狙ったように真人の薄い唇が振ってくる。  一瞬だけ触れた唇はゆっくりと弧を描いた。
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