つくも

7/21
前へ
/21ページ
次へ
「この櫛は小梅さんが昔、旦那さんに貰ったもんらしい。ずっと大事にしてたんやけど、落としてしもたんやて。」 コマが、正之助の側で聞いていた話を教えてくれる。 「でも、この櫛ってそんなに簡単に割れるもんじゃないよな?」 昔から作られている工芸品で、確か耐久性にも優れていると聞いたことがある。 「いかにも。それ故に、櫛が折れるのは縁起が悪いと言われておる。人間の頭に使う道具じゃ。大事な所を手入れするものだけに、特にそう信じられてきたんじゃろう。」 「だから、他人に害が無いように、お祝いごとで使う袱紗で包んであるのか。」 茶碗がうなづく。 「効果の有無はさておき、考えた結果の気遣いじゃろな。」 悠真は、いつもニコニコしている、小柄な老夫人を思い出す。 「じゃあ、コマがこれは急くって言うってことは、小梅さんに何かあったのか?」 小梅さんはこの近所に住む正之助の茶飲み友達で、悠真もよく知っている。 「今のところは大したことないで。ちょっと咳き込むくらいはあるやろうけど。」 咳と言う言葉に、悠真は眉を寄せる。 「この櫛、付喪神が居たんじゃないか?」 触るなと言われた折れ櫛を、悠真はまじまじと観察しはじめた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加