000-1 屋上の男

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 23:55:00  「これが今の日本か・・・」  身長約176cm、体重65kg、21歳。  真っ黒のシングルスーツに紺色のワイシャツ、赤を基調とした白色のドッドのネクタイ。 腕には日本製の高級腕時計をしたその男、大和(ダイワ)司(ツカサ)は高層ビルの屋上の淵に座り、自国を案じていた。  何やら浮かない顔をしているそのツカサの職業は――  ―――スパイ。  スパイといっても企業スパイのような生温(ぬる)いものではなく、国に務める特殊特別国家公務員である。 本人は二流スパイだと自称しているが、その実力は常人のそれを逸している。    2001年、我が国日本では、外部からの脅威に備えるべく、外務省の管轄の元諜報部門が秘密裏に組織された。  この組織は、我が国の憲法の知る権利をも退き、組織の人間及び内閣総理大臣、外務省の大臣以外の個人、マスメディアがこの諜報部について関知することは許されておらず、この組織自体が超法規的処置の範囲に該当する。  また、この組織の人間、所謂(いわゆる)諜報部員は、秘密(シークレット)国際(グローバル)条約(レギュレーション)によって国内、そして国外での犯罪行為が、戦争状態でない場合でも許可されている。 殺人もその例外ではない。  ツカサはその組織に所属する諜報部員の一人だ。 ツカサは今まで数々の任務を遂行し、我が国を救ってきた。 しかしながらマスメディアや個人が関知することは許されていないため、それらの事件のほとんどは闇に葬り去られている。  秋初頭の生温い風が、ツカサの体を通る。  ジャケットのボタンは全開で、ネクタイもすっかり緩まっており、場所が場所じゃなかったら、大卒新入社員の仕事帰りにしか見えないその格好であるが、風に揺らめくジャケットの内側からは、我々の生活とは縁がない物がチラリと顔をのぞかせた。    ワルサーPPK、32口径、装弾数7発。  脇下のホルスターにしっかりと収まり、銀色に煌(きらめ)くそのドイツ製の拳銃を、我が国日本でお目にかかれる機会などそうそうない。 この男は例のとおり、超法規的処置(ちょうほうきてきしょち)の存在そのものであり、いつ起きるかわからない有事に備えて、拳銃を所持が許されているのだ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加