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レイコさんはテーブルに両ひじをついて、
頭を重たそうに抱えている。
そのとき、
客の出入りがあって、
戸口から吹き込んだ風が、
レイコさんの髪の、
いつもと微妙に違うシャンプーの香りを、
ぼくの鼻先にそっと運んできた。
「そうね、
たとえば……そう、
インドとか」
「インド?」
「そう、
インドさ。
いまから準備するよ。
さあ、
ぐずぐずしちゃいられない」
ちょっと待って、
だってこれから、
あたし保育園に子供迎えに行かなきゃいけないし、
そのあと、
バレエ教室だってあるし、
あ、
それに、
勤務シフト変えてもらうよう、
パート先にも断っとかなきゃいけないし……。
そう言ってうろたえるレイコさんにぼくは構わず、
残りのコーヒーを飲み干して、
きょうはぼくが持つからと伝票を拾い上げ、
レイコさんの、
台所仕事のせいなのか、
前よりもいちだんと肌荒れがひどくなった感じのその手を、
ぼくの胸元へ、
ぐぐっと引き寄せる…。
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