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「目を開けると、そこには……から始まる物語を書いてください!」
きらきらとした瞳を私に向け、彼はそう言った。
彼というのは、自称小説家である私の自称ファン第一号らしい。
ついでに、自称小説家の私は、小さな賞の佳作に何度か引っかかるくらいの才能しかない、所謂凡人というものである。
そんな私の作品を世界で一番好きだというのだから、彼は少し変わっているんだと思う。
未だ期待の籠る瞳で私を見つめる彼に、私はこう返した。
「……嫌よ」
ばっさり、きっぱり。
少しでも曖昧に断ると、直ぐにその隙に付け入るような人だということは痛いほどに知っていたから。
私の断りに彼はしゅんと項垂れた。
タレ目の大きな丸い目がより下がって、口もへの字に曲げちゃって、心なしか耳と尻尾も見えてきた。
変わっている人と一緒にいると、私もおかしくなってくるのかも。
なんだか彼が哀れに思えてきちゃって、私はため息を一つ。それから、
「~~、もう分かったわよ。短くてもいい?」
私の了承に彼は顔をばっと上げて、にっこりと笑った。
あーぁ、してやられた。
本当に、いつもいつも、彼はどうして私をこんなに励ますのだろう。
落選通知の郵便を私はくしゃくしゃに丸めて、私は彼と向き合った。
きらきらとまるで子犬のような瞳をして、けれどもきっと私の全てを見透かしている彼。
あーぁ、本当になんで結婚なんかしちゃったのかしら。
ちょっぴり恥ずかしくて、嬉しくて、でもやっぱり悔しいから。
小説の書き出しは、「目を開けると、そこにはわんこがいた。」にしようと思う。
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