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「ヒロアキさん。お願いがあります」
「なんだい」
「奥様のことを教えていただけませんか」
ヒロアキさんは鳩が豆鉄砲を食ったように驚いていた。
「いけませんか?」
「あ、いや、構わないが」
ヒロアキさんは躊躇いながら、少しずつ千尋さんのことを語った。
いつも静かに微笑んでいて、おとなしそうな顔をしながらたまに悪戯をして困らせたりすること。少し泣き虫なところがあること。料理が得意であったこと。
話を聞いていて気付いたことがある。ヒロアキさんが私を呼ぶときの『チヒロ』と千尋さんのことを指す『千尋』ではわずかに声帯の周波数が異なっており、それによって区別することができた。
ヒロアキさんがする思い出話や、写真データ、映像データ。様々なものから千尋さんに関する情報を集めた。
そして私は千尋さんのことを知り、その真似をするように努めた。
ふとした仕草。言葉遣い。千尋さんをトレースすることはさほど難しいことではなかった。恐らく千尋さんをモデルに作られた私は基本データが千尋さんなのだ。
しかし、思考回路だけはなかなかうまくいかなかったため、常に千尋さんの思考を意識した。そうすることで、私はヒロアキさんの望み通り千尋さんの代役になれる。私が作られたことに価値を見いだせる。そんな気がした。
実際、ヒロアキさんは私と千尋さんを重ねる瞬間があった。
私はそれを嬉しく思った。
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