本編

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「人魚姫は恋に破れ、そして泡になりました」 一番上の姉が未だ幼かった私によく言い聞かせてくれたことを覚えている。 私たち、人魚の物語の結末を。 あれから十五年ほどの月日が経ち、私も一人前の人魚へと成長した。 幼い頃は淡いばかりの桃色であった鱗も、今では濃い紅色を輝かせている。 原色の鱗を持つことで、私たちは成人した人魚だと認められるようになる。 そして、大人になった人魚は、深海から陸上へ、人間たちの世界へ、姿を現すことが許される。 大人になった私は、海を泳ぎ、空を目指す。 毎晩、毎晩、愛しい彼を一目見るために。 けれど、人魚と人間の恋は御法度。 なぜなら、古より伝わる物語があるから。 私たちが恋に破れた時、泡になってしまうという物語が。 もちろん、物語は嘘かもしれない。 あるいは、恋に破れさえしなければ良いのかもしれない。 そんな淡い期待は、愛しい彼が人間の女と一緒に浜辺で寄り添う姿を見て、脆くも崩れ去った。 悲しみよりも、憎しみよりも。 私は私を守りたかった。 泡になって消えてしまうのなら、いっそのこと。 私は満月の夜空の下、子守唄を歌う。 この歌もまた、物語と共に語り継がれてきたものだ。 空高く、海深く、私は歌った。 私が泡にならないために。 彼が幸せにならないように。 すると、子守唄はある種の魔力を持って、海を支配した。 そして、かつて泡になった人魚姫たちが海の一部となり、愛しい彼に襲いかかる。 彼は波に攫われ、海の中へと引きずり込まれた。 切なく儚い子守唄を歌い終えた私は、私の尾ひれの下、海中でもがき苦しんでいる彼を見て、 「おやすみなさい……」 一雫の涙を流した。 ざぶん。 私は海中に潜り、彼を抱き締めた。 そしてそのまま、海の深く深くへ。 誰も知らない、私たちの楽園まで。 ずっとずっと、堕ちてゆくの。
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