プロローグ

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 そんな折も折、笹屋(ささや)とかいうルポライターが、帰国して早々に、俺に張り付きだした。  この忙しいのに、「あの~、実はオリンピックの裏話的なものを取材しておりまして」なんて、本社の広報部長を通してアポイントを取り付けてきたのだが、こちらとしては迷惑千万だ。  (こんな奴にかまってる暇はないよ)  と、考えていたが、本社の要望で「会社のアピールになるから、適当に相手してやってくれ」と、命じられちゃ、やるしかない。  なんせ会社がワールドワイドオリンピックパートナーとしてスポンサーになっている以上は、マスコミにつっけんどんにできない事情もある。  ロビーにやってきたのは、小柄な男だった。  やたら人懐っこくニコニコしてるくせに、目は笑ってないといったタイプだ。  「残念ですが、午後からの会議が終わり次第、日本を離れなくてはいけないんですよ」  この男、年齢がはっきりしない。童顔なので十代の若者にも見えるし、二十代後半にも見える。  身長は一五〇センチくらい、頭髪は肩まであるボサボサ頭。寝不足なのか、うっすらと目にクマがあるので、なんだか疲れた金田一耕助みたいな雰囲気を漂わせていた。  もちろん袴に着物姿ではなく、この男は灰色のパーカーによれたデニムのジャケットを羽織り、渋い柿色のジーパンを履いている。  すると、「それなんですが、御社の海外支店から、奇妙な加工品を発注されていますよね、噂じゃ政府がオリンピックの競技場の建築予算を一部削っていたとか?」  「さあ、当社としては発注先に対して守秘義務がありますから」  すると笹屋という男は、「しかし、オリンピックは国民の血税が注がれているわけで、こう言ってはなんですが、怪しげな資材の購入を援助しているというのは……」  俺は面倒になって腕時計を見るポーズをつけて、笹屋との会話を打ち切ることにした。  「では、フライトの時間もありますので」  取材に協力したあげく、上司から睨まれて左遷されでもすれば踏んだり蹴ったりじゃないか。  (これ以上、相手をしていたらダメだ)と、判断した。  その仕事は俺が担当していたが、会社としては《某国との関係を緩和するために》という外務省の指示に従っただけだ。  巻き込まれて大迷惑だ。  連中は問題が起きれば、必ず民間企業に責任を押し付けてくる。      で、問題が起きれば、俺みたいな下っ端が切り捨てられるんだから、たまったもんじゃない。
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