北極星も眠る夜に

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「どういうこと?」 シンが訊いた。 ラルゴも、ドクターの言葉をそのまま受け売りしただけなので、説明できる言葉を持っていない。 困った様子で、オレの顔を見た。 「その人間の生きてきた記憶をデータ化するんだそうだ」 「なんのために?」 「娯楽、だな。 上の国の人間が、そのデータを使って、その人生の仮想体験をするそうだ。 なんでそんなことをしたがるのかは訊くなよ、オレだってそんなことをするヤツの気持ちなんて分からねえ」 オレだってきちんと分かっているわけではない。 ただ脳の壊れていない死体を、ドクターのところに持っていけば、そこそこ纏まった額の金が手に入るということを理解しているにすぎないのだ。 「ふうん」 シンのその声に、微妙な気配を感じて、オレは自分の失言に気付いた。 上の人間、という言葉で、シンは家族のことでも思い出したのかも知れない。自分を捨てた家族のことを。 下水道暮らしを始めてからも、シンは自分のことを語らなかった。 他の人間も訊かなかったし、オレも訊かなかった。 本人が話したくない事情なんて、オレたちの誰も無理に聞きたいとは思わない。
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