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「単刀直入に申しますと、武藤との同居を認めてはくれませんでしょうか。」
神崎は両手を膝につき、勢いよく頭を下げた。
「同居?なぜじゃ?」
「武藤には保護者と呼ばれる者はいますが、親が存在しないのです。」
「…じゃが書類に両親の名前はきっちりと書き記されておったぞ。」
「……そんなの、あくまで連絡先…形だけです。
武藤が帰る場所を与えたり、ご飯を作ってあげたり、他愛の無い話をすることも出来ない。それに加えて過去の経歴を見るとあんな風に心を閉ざしてしまったのも頷けます。」
「ふむふむ…それで。」
「…はい、私が武藤を保護して、安全なところに住まわせてあげたい、少しでも弱みを見せて欲しい…そう思っています。」
普段何を考えているのか分からない教師が、ここまで感情的になっている。そんな彼の様子を見て、校長はほんの少し冷たい笑みを浮かべた。
「……それは、君の私欲かいの?」
「え……。」
「弱みを見せて欲しい、と言ったな。本人が見せたくないと嫌がっていたらどうなのじゃ。君は自分が教師である事を誇りに思っておるようじゃが、同時に、自分じゃったら相談に乗るのに…、自分じゃったらこうしてあげられるのに…、といった想いが強すぎる。」
「……校長先生…?」
「大切なのは生徒の想いじゃよ神崎先生…。
自ら頼られに行くのではない。一方的なお節介は彼のような性格の少年には不要じゃ。…本人には気付かれないようにそぉーっと寄り添ってやるのじゃ、神崎先生。」
「……!…それって…」
「わしゃなーんも知らんぞぉ。
PTAもなーにも知らん。出て行け出て行けぇ。」
校長は立ち上がると腕を組み、窓から外を見ながら少し嬉しそうにニヤニヤと笑っていた。
「……っありがとうございます!」
「気にせんでよい。」
神崎は校長室を出る前に何度もお辞儀をし、声を震わせながら感謝の言葉を述べた。
神崎の新しい生活が始まったのである。
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