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  俺は必死で自転車のペダルをこいでいた。  今日は、なんとか無事に夢の中にたどり着けたらしい。  自分の意識のはずなのに体は自由に動かせなくて、あくまでも客観的に見る側の立場にさせられる夢世界独特の不条理さに身を任せる。   急げ。とにかく急ぐんだ。これはヤバい予感がする。   この角を曲がれば、待ち合わせ場所が見えてくるはず。   オーバーラン気味にカーブを曲がると、旧公会堂前広場が見えた。   大きなけやきの前に凜乃の後ろ姿がある。   自転車を乱暴に駐輪場へ投げ捨て全力疾走。   ぜーぜーしながら頭の上で両手を合わせる俺に、凜乃が冷たい目線と言葉を浴びせてきた。  「13分25秒の遅刻、ありえないことですわ。わたくしこれで失礼いたします」   長いブロンドのツインテールを揺らして踵を返す。   俺は咄嗟に、その細い手首を強く掴んで引き寄せる。   驚いて振り返ったその目には涙がたまり、下睫毛がふるふるしていた。  「ヒーローは遅れて現れるほうがカッコいいだろ?」  「わ、わたくし、ヒーローなんて望んでませんわ! 欲しいのは下僕…」  「下僕だっていい。とにかくそんなかわいい顔すんな。抱きしめたくなる」   零れ落ちそうな黒目がさらに大きく見開かれ、俺の顔を見る。   それまで引き剥がそうと必死になっていた凜乃の手から力が抜けた。  ちょっ、ちょっと。その展開はどうかな…。  夢の中の俺は、歯の浮くような言い回しで凜乃ちゃんを煙に巻く。  実際の俺からは、頭を下にして激しくシェイクしたって出てこない台詞たち。  無意識にこういう奴ってカッコいいと俺が思ってるってことか…。   凜乃が目線をはずして横を向く。頬が真っ赤に染まっていた。  「わ、わかりましたわ、じゃあ…」   そう言って俺の右手を取り、一度両手で包み込んでからぐいっと引っ張って歩き始める。  「部屋を、用意してますの」   俺は促されるまま、その手を握って後をついていく。
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