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現実とは厳しいもので。
自室のドアを開けると、上から無情な声が降ってきた。
部屋の同居人、澤野泰士郎(さわのたいしろう)のもので間違いない。
「そんなに急いでどうしたのよ、歩(あゆむ)くん」
やばい、起きてやがった。マジか…。
「お前、寝るって言ってなかったっけ?」
「寝ようと思ったんだけどね、歩くんの足音が聞こえたから起きちゃった」
「それは、悪かった」
「なんか急いでなかった?」
「いいから、もう寝ろ」
多少乱暴にドアを開けた俺も悪いけど、そんなことで起きるほど繊細な神経の持ち主じゃないはずだ、この男は。
泰士郎は陸上部所属でフィールド競技をしているらしい。たしか砲丸投げだったと記憶してるけど、まあそれに近い投擲のなんかだ。
そのせいかとにかくガタイがいい。そしてよく食う。
この高校はスポーツ推薦で入学してくる輩も多く、泰士郎もその1人だ。
「う、うん。じゃあ、おや…」
「待て!」
俺は全力でその言葉を遮った。
「さっきもう言っただろ? はい、さっさと寝る」
「何それ! 一日一回しかダメなの!?」
「挨拶は神聖なもんなんだよ。そう何度も交わすもんじゃない」
適当すぎる理由をつけてみたものの、俺の必死さが泰士郎にも伝わったかもしれない。
「よくわかんないけど、わかったわかった」
それっきり泰士郎は何も言葉を発せず、眠りへの最終体制に入ったようだ。
俺には今日、極上の夢を見るというミッションがある。
その遂行のためには、細かな犠牲を気にしている余裕はない。
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