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 曜日の感覚はなくなっていっても、庭の季節は変わっていた。暦は卓上ではなく自然の中にある。木立が芽吹き、何時間でも木漏れ日を見上げていたかった。  天気のいい日は手入れされた庭を車椅子で回る。広い庭なんて着飾った貴婦人みたいで悪趣味だと思っていたが、誰にも邪魔されない自分だけの空間のような気がして、この内なる世界が気に入った。  もう少しでバラも満開になる。視線の下がったわたしにとって、バラの庭園は不思議の国のアリスを思わせるほど入り組んで見えた。迷い込んでもう二度とは戻れぬおとぎの世界へと飛んでいってしまいたいなんて、少女じみた空想までして思わず自分自身に笑う。  バラ庭園の真ん中で、なにを考えるわけでもなく空を見上げてぼんやりしていると、「あ、いたいた」と男性の声が聞こえてきた。振り返ると、生け垣の向こうに背の高い男がいた。ジャケットを羽織っているところを見ると、庭師ではないらしい。  あとから「もう、虫がお洋服に付いちゃうじゃない」と不平を口にする妹がちらりと見えた。この人が紹介したい人かと合点した。夕食時にやってくるのかと思っていたので少し慌てた。  男は無邪気な笑顔を見せ、生け垣から飛び出てきた。旧知の仲のような気さくさで話しかけてくる。わたしたちはそっくりだから、初対面でも見間違えようがないだろう。 「やあ、こんにちは。妹さんからもう話は?」 「ええ、聞いてるわ」  愛想のないわたしの返答にも彼は口角を上げて微笑んだ。急ぎ足でやってきたのか少し息が上がっている。  来年にも大学院を卒業し、そのあとも大学に残って研究を続けるのだと聞いていたが、想像していたよりもずっと子供っぽい男だった。白衣を着て研究室にこもってばかりいるような男が、婚約者の姉を捜してこんなところまでやってくるとは思ってもみなかった。  それに、着古した寝間着姿でいるところへ出くわし、それを多少恥じてしまうほどの容姿の持ち主でもあった。
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