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ドアをノックして訪ねてきたのは妹の恋人だった。
「入るよ」という男の声が聞こえ、わたしはまだ化粧もしていないことを思い出した。男は体の半分を中に入れ、わたしの姿を見つけると微笑んだ。
「夕飯の支度ができたって。お父さんとの会話にも飽きたから、来ちゃったよ」
「おひとりで?」
「うん。きみの妹さんはどうせ来ないわよなんていってたけど、俺ひとりのほうが誘いに乗ってくれるんじゃないかと思ってね」
「そうかしら?」
「だって、俺ひとりで戻ったら気まずいじゃん。きみは俺のことを考えてついてきてくれる」
自信たっぷりに男は言い切った。妹は男のこういうところが好きなのだろう。わたしとは正反対のタイプだから。
即答するのはしゃくなので、わたしは間を持たせ、つまらなそうに「わかったわ」と返事した。
「もうちょっとましなものに着替えるから」
「じゃあ、外で待ってる」
彼はうれしそうにいって静かにドアを閉めた。
どの瞬間で不機嫌になるのか、一時間ぐらい彼を待たせてみたかったが、せっかくの食事が冷めてしまってはもったいないのですぐに着替えることにした。
お客が来ている時は、どんな客人であれコック長は腕をふるう。職人気質の彼は確か父よりも年が上だった。家族の好みは熟知していて、たまたま顔を合わせると「そろそろあれが食べたい頃じゃないですか」といって、その日の晩にはわたしの大好きなコーンポタージュを作ってくれる。
そうやってコック長は部屋にこもってばかりいるわたしに、ささやかなプレゼントをくれるのだった。
コック長を待たせてはいけない。頭からノースリーブのワンピースをかぶり、カーディガンを羽織って廊下に出る。妹の恋人はやけにうやうやしくわたしを出迎えた。
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