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昔々、日の本が幾つもの国で成り、親子兄弟が東西に分かれて殺し合っていた頃より、まだ昔。とある国の刀工が一振りの名刀を鍛え上げた。
魔を断つ神威を宿したその秋水は、名を「斬月」という。
昔の記憶は、曖昧だ。
彼我の境目さえ融けそうな闇の中で、微睡んでいたような気もする。私は常に誰かの手の中にあったが、誰もが私を見なかった。私の膨大な力は所有者の精神を侵し、やがて誰もが壊れていった。
かつて神剣とも呼ばれていた私は、妖刀魔剣と成り果てた。
人々に忌み嫌われた身を、神社に運んだのは誰だったのだろう。私は疲れていた。闇の中に微睡みながら、このまま朽ち果ててもよいとさえ思っていた。
しかし、その男は許さなかった。
私を闇の中から引き摺り出し、魔を断つ神剣として甦らせた。その男は、はっきりと私の姿を認めていた。その目に私を映し、私に笑いかけたのだ。
「お前には、成すべきことがあるのだよ──斬月」
男は瀬嶋神社の禰宜で、瀬嶋惟忠といった。
それから私は、瀬嶋神社の神体となった。氏子の祭や物の怪退治にも担ぎ出されたが、私の力は惟忠を害することはなかった。私は惟忠と共に、瀬嶋の土地とそこに住む人々を守り、穏やかな年月を過ごした。
やがて、惟忠は老いた。
「惟明を頼むよ、斬月」
白く濁ったその目に、私は映っていたのだろうか。
「死は終わりではない。また会える──」
私に笑いかけ、惟忠は死んだ。
それから、私は惟忠の息子惟明と共に、瀬嶋の土地とそこに住む人々を守った。
惟明が死ねば、その子と共に。その子が死ねば、その子の子と共に──私は、瀬嶋の者と共にあった。
人の生は、儚い。
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