おねえちゃん

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 森宮はこちらを見ている。  怖い顔をして、こちらを、見て、いる。 「おねえちゃん、ごめんなさい」  松田は、森宮の……おねえちゃんの手を握り締める。 「もうオバケと話したいなんて、言わないよ。布団、かぶって……ちゃんと寝るから」  おねえちゃんは、こちらを見ている。 「だから、……おやすみなさい、おねえちゃん」  おねえちゃんの、肩が震えた。真っ黒な目をぽかりと開けて、ほろほろと涙を溢し、おねえちゃんは、笑った。こちらを安心させるような、慈愛に満ちた笑みだった。 「……よかった」 「おやすみなさい、おねえちゃん」 「おやすみなさい……」  おねえちゃんは――森宮は、すうと瞼を閉じた。  その睫に宿った涙が、暗やみの中できらりと輝いていた。  じいわりと、蝉が鳴いていた。    古い家だ。庭は草がぼうぼうに生え、飛び石が埋まりかけている。立てつけの悪い引き戸を開けると、広い三和土、その奥がすぐ座敷であった。  座敷を抜けた一番北側、その壁の中に隠されていたのは、大きな仏壇と二つ分の位牌。枯れた花と干からびた飯粒。母が――伯母がいなくなってから、誰も立ち入らなかった証拠であった。  なぜ自分だけが助かったのか、松田には分からなかった。ただ、布団の中にくるまって、寝ていた松田を守るように。姉は自分に覆いかぶさっていたのだという。  松田は手を合わせる。森宮も一緒だった。  蝉時雨の中、その仏壇の周りだけ、時が止まったようであった。 「……おやすみなさい」  湿った響きのそれに気づいたのだろう、森宮が励ますように、松田の背中を摩った。  その温かさに息が詰まる。  ああ、自分は生きている。生きているのだ。  つうと頬を涙が伝う。一度堰を切ったそれは、留まる事を知らなかった。    真新しい家に、三つの位牌が並んでいる。  母。  姉。  伯母。  線香の、その煙の中に、三人の笑顔が見えるような気がした。
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